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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百六十九 「波多野さんの慟哭」

買い物の時とかを見てても分かるけど、沙奈子は単に引っ込み思案で大人しいだけの子じゃないんだよね。僕のところに来たばかりの頃は自分からは何も行動を起こさない時もあったけど、自分でそれをやると決めたら意外と躊躇しないんだ。


それは、学校での発表の時とかもそうらしい。他人にあれこれ指示されなくても自分の分はさっさと済まして、他人の分を手伝ったりもするって。それで結局、ほとんどを一人でやってしまうこともあるらしくて、逆に先生から、それでは他の子の勉強にならないからと指導を受けたこともあったらしい。


実は今度の水曜日、沙奈子の学校で、保護者の個人懇談がある。今回は、絵里奈が仕事が終わってから行ってくれることになってた。


「個人懇談は、水曜日の4時半からですよね」


絵里奈が確認のためにそう聞いてきたから「うん。大変だと思うけど頼むね」と応えた。本当は同居してる保護者の僕が行くべきところなんだろうけど、今は仕事も休みにくいからね。転職先探さなきゃと思った。


でも絵里奈の方は、『沙奈子のお母さん』としてそういうことができるのが嬉しいらしくて、楽しみにしてるようだった。


四人で一緒に夕食にして、今日は山仁やまひとさんのところへ行く。昨日行かなかっただけでも変な違和感があった。物足りないと言うか、何か忘れてるみたいな感覚。すっかり習慣になってるんだなと自分でも感じる。


とは言え、今日も取り立てて何か新しい動きがある訳でもなかった。ただ、今月はまた、波多野さんのお兄さんの裁判がある。一応、今回で判決は言い渡されるらしいけど、


「非常に犯情が悪く、厳しい有罪判決が出るのはほぼ確実という情勢だと思われます。そうなるとカナのお兄さんの側がすぐさま控訴するのは間違いないでしょうから、裁判の長期化は避けられないでしょうね」


星谷ひかりたにさんからの説明があった。すると波多野さんはもう、諦め顔で、


「は~…、あいつの往生際の悪さが身に沁みるわ~…。なんであんなのになっちゃったんだろうね…。


あいつは何がしたかったんだろう…?。自分の欲望のままに生きたかったのかな…。家族のこととかどうでもよかったのかな…。


あいつが親に何か仕返しがしたかったんだとしたら、ホントにもう、ものの見事に狙い通りだよ。お母さんは家を出て行って、お父さんは職場にまで嫌がらせの電話とかかかってくるようになったっていうんで仕事も辞めて今は心療内科に通って廃人同然。そのうち生活保護を申請することになるんじゃないかな。


で、生活保護を申請したら今度はそれがまたどっかから漏れてネットで、『犯罪者の親が生活保護とかフザケんな』とか叩かれるんだろうな…。はぁ~、やだやだ。


家の中はもうすっかりゴミ屋敷だし、あたしの家は完全に終わったなって実感しかないよ……」


って、自嘲気味に半笑いで他人事みたいにそう言った。


「……」


僕たちは言葉もなかった。波多野さんが言いたいことをただ聞いてあげるしかできなかった。そして、彼女の表情が変わるのが分かった。空気がピリッとなった。


「確かにあいつは悪いことしたよ…!、それで逮捕されて刑務所とか行くのは当たり前だと思うよ…!。でもだからってどうして家族にまで嫌がらせするんだよ…!」


波多野さんは俯いて、テーブルの上に置いた両手を握り締めて体を震わせながら言葉を絞り出していた。でも急にガバッと頭を上げて星谷さんを睨み付けるようにして見て、


「おかしいだろ!?。なあ、おかしいよな!?。あたしらまでこんな目に遭わなきゃいけないって、おかしいんだよな!?。それともあれか?、犯罪者を出すような家はこの世から消えて無くなれってか!?、犯罪者の遺伝子は全部消してしまえってか!?」


目に涙をいっぱい溜めて、ほとんど叫ぶみたいにしてそういう波多野さんを、星谷さんは目を逸らさずに見詰めてた。その星谷さんの前で、波多野さんの感情は爆発した。


「ふざけんなっっ!!」


がんっ!とテーブルを叩き、ボロボロと涙をあふれさせて、彼女はさらに言葉を吐き出した。それはもう、呪いの言葉だった。


「あいつは確かに犯罪者だよ!、でも、ネットに隠れてこそこそ嫌がらせしてる奴らは何だってんだ!?、あいつらのやってることが正義なのかよ!?。あいつらが正義だって言うのかよ!?。違うだろ!?。正義ってのはそういうもんじゃないよな!?。なあ、ピカ…!?」


そこまで言って、今度は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。体をわなわなと震わせて、爪を立てて頭をがりがりと掻きむしってた。


「ごめん、ピカ…。ごめん……!」


そんな波多野さんの背中を、イチコさんと田上たのうえさんがさすってた。


「…ちくしょう…、ちくしょう……」


もう誰に向けていってるのかも分からない呟きを漏らす彼女をじっと見つめてた星谷さんが、静かに口を開いた。


「…カナ…、あなたの言う通りです。法を犯した者が法の裁きを受けるのは当然ですが、その家族に対して私刑を加えるのは正義などでは決してありません。日本では私刑は禁止されています。家族への嫌がらせは、犯罪行為なのです。彼らに正義などありません。正義を騙ったただの犯罪者です。だから時折、限度を超えた嫌がらせをした者が実際に逮捕されたりするのです。


けれど残念ながらそういう犯罪行為を全て取り締まることは、現実問題として叶いません。個々人のモラルに頼るしかないというのが現状です。また、犯罪行為を批判するということ自体は、言論の自由、表現の自由によって保障されるべきものです。非難されるべきは罵詈雑言や誹謗中傷であり、冷静な意見としての批判とは区別しなければなりません。


多くの人がそれを理解してくれることでこのような苦しみは減らすことが可能だと私は考えます。いずれはそうなっていくべきだと考えています。しかし今の時点では、私達がこうしてカナの声を聞き、その気持ちを受けとめることしかできません。


カナ。私たちはあなたの味方です。あなたが言いたいと思ったことはすべて私たちが受けとめます。だから我慢しないでください。ここにいる私たちは誰一人、あなたの本音を否定したりはしません。ここにいる私たちも、あなたの家族なんです。私たちがあなたを支えます。だから甘えてください。言いたいことを言ってください。胸の中にあるものを全部吐き出してください。私たちは、そのためにここにいるんですから……」


星谷さんのその言葉に波多野さんは顔を上げて、そのまま泣き出した。さっきよりももっとボロボロと涙をこぼして、鼻水までたらして、ぐっちゃぐちゃの顔で小さな子供みたいに泣き出した。


そんな波多野さんの姿を笑う人間はここにはいない。星谷さんも、山仁さんも、イチコさんも、田上さんも、絵里奈も、玲那も、僕も、みんな波多野さんの味方だ。だから今は、思いっきり泣いたらいいと僕も思ったのだった。



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