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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百六十七 「想定内と想定外」

自分の腕をボールペンで思い切り何度も突き刺せるほどの激しいものを、沙奈子は内に秘めてる。それをもし他人に向けてしまったらきっと大変なことになる。その一方で、困難に立ち向かおうとする時の気概とかいう形で役立てられたら、大きな力になるんじゃないかな。是非そうであってほしいと思う。


でもこの子がそれをできるようになるためには、僕たち大人が必要なことを教えていってあげないといけないとも思うんだ。だから僕はこの子をしっかりと見ていきたいんだ。ちゃんと見ていないと、この子にとって何が必要なのかを見極めることもできないはずだし。


今朝の朝食は鮭の切り身を焼いたものと味噌汁だった。僕はご飯をよそって、焼けた鮭と一緒にテーブルに運んだくらいで、味噌汁も鮭を焼くのも沙奈子がやってた。慣れた手つきで当たり前みたいにそれをする彼女の様子が頼もしいのと同時に、子供にここまでやらせてしまってる自分の不甲斐無さも感じたりした。だけど、当の沙奈子に嫌々やらせてるわけじゃないのが救いかな。それに今のうちからでもこういうのが身に付いてるとやっぱり安心だろうし。


けれど、この子を家政婦みたいに使役しようとする人には任せられないな。そんな人に嫁がせたりしたくない。一緒に力を合わせて家庭を守っていくっていう人でないと。


頼りない感じだったり未熟だったりするのは別にいいんだ。僕だって今でも全然頼りないし人間として未熟だと分かってるから。未熟なうちに結婚しても子供ができても、僕や絵里奈が足りないところを補って、必要なことを伝授してってしていくつもりだから。いくら事前に知識だけを詰め込んでたって実際にやってみないと分からないことがたくさんあるっていうのは、自分がこうして親の役目をするようになって痛いくらいに思い知らされた。知識っていうのは経験が伴わないとしっかりした形にならないし、事前の知識だけでは対処できないことだってたくさんあるんだ。


人間は、たくさんのことができるようになったとしても初めて経験することについては当然未熟なわけだから、いつまで経ってもその時その時で成長していく必要があるんだと僕は学んだ。そうして毎日、昨日の自分よりもちょっとだけ成長していくんじゃないかな。一生、そういうことなんじゃないかな。


頼りなくても未熟でも、そんな自分をきちんと自覚して成長できる人だったらそれでいい。そのために僕たちは協力する。力を貸す。僕はまだ妊娠・出産については身近で経験してないけど、いずれ絵里奈との間で子供ができたりすることもあると思う。ここまで何回かできて当然のこともしてきたのに、幸か不幸かまだその兆候も見られない。不妊とかそういうのを心配するにはまだ早い気もするから、一緒に暮らせてない今の段階でそうならなかったのはむしろ運がいいんだと考えよう。


それに、妊娠とかについては、結婚してからとは限らない。そんなことはあって欲しくないけど、保木やすきさんみたいなことだってないとは言えない。そういうこともちゃんと頭に入れておきたい。もし、そんなことがあった時に、沙奈子がどう選択するか、どちらの選択をしたとしてもそれを受け入れてあげたい。


そこまでのことじゃなくても、『未婚の母』という選択をする可能性だってある。その時は、僕が再度、父親の役目をしても構わない。


なんて、そんな風なことを考えてしまうのは、僕がすっかりこの子の父親になってるからかなあ。


たぶん、それもあると思う。でもそれに加えて、僕は最近、絵里奈との間に子供ができることを期待してる自分がいることに気付いたんだ。沙奈子と一緒に暮らしてみて、いろいろ学んできて、それで僕の両親ができなかったことを僕がやってみせたいって思ってる自分がいるって気付いたんだ。単純に家族が増えるのが嬉しいっていうだけじゃなくて、自分がゼロから人間を育ててみたいって思ってることに気付いてしまったんだ。


もちろん簡単なことじゃないのは分かってる。大変なこともあるし、お金だって必要だ。でもそういう諸々をひっくるめてでも、自分が人間を育てるっていうことに挑戦してみたいって気分になってきてるんだ。


ホントにもう、一年前の僕から比べても想像もできない変化だと自分でも感じる。だけどそう思えるようになってしまったんだから仕方ない。今の僕ならできそうだって思えるんだ。そうだよ。子供は別に未知の異生物でも何でもない。僕と同じ人間なんだ。だったらちゃんと人間として扱えばそれで大丈夫なはずなんだ。僕が嫌だと感じることは大抵、子供だって嫌がると思う。僕がしてもらって嬉しいことは大抵、子供だって嬉しいと思う。すべてが必ずそうとは限らなくても、当てはまる点は少なくないんじゃないかな。


そういうことを、沙奈子が教えてくれたんだ。自分の思い通りにならないことも、たとえ親子だって相手は自分とは別の人間なんだってことも、みんなこの子が教えてくれた。それを基にすれば、自分の子供だってって思うんだ。ううん、沙奈子はもう僕の子供だ。この子との経験がきっと役立つ。


途中からだった沙奈子とは違うことがあったとしても、今なら相談できる人もいる。山仁やまひとさんとか、塚崎つかざきさんとか。その力も借りて対処する。


それを思えば、この子に突然子供ができてそれを育てることになったとしても、今はもう、そんなに不安も感じない。気楽には考えられなくても、どうしようどうしようってオロオロする必要も感じない。この子と一緒に学んできたことが、今、僕の中に確かにある。それが力になってくれる。


もし今、赤ん坊を引き取ることになったとしても、『どんとこい!』っていう気分にもなってたりした。と言っても、実際にそんなことになったら大変なのも分かってるけどね。ただ、万が一そんなことがあっても狼狽えるだけじゃないっていう自信はあるんだ。


それに、こういうことがあるってちゃんとあらかじめ想定しておけばっていうのもあるしさ。


児童相談所でのことも、玲那の事件も、僕にとっては想定外のことだった。特に玲那のことは、あの子の境遇に不穏なものがあるのを察しておきながらそれについて深く考えることを避けてきたっていうのもある。不思議と、僕が考えることを避けてたことが、見て見ぬふりをしようとしてたことが事件として起こってしまってた気もするんだ。だから逆に、『こういうことが起こるかもしれない』っていうのを積極的に考えていった方がもしかしたらいいのかもって。


まあそんなの、何の根拠もないけどね。ただ、事前に何も想定してなかったことが起こるより、あらかじめ想定してたことが起こってくれた方が慌てずに済むかも知れない。要するにそれだけのことなんだ。



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