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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百五十九 「神玖羅」

千早ちはやちゃんたちが帰った後、絵里奈と玲那に会いに行く。今日はちょっと天気が悪いから屋内がいいだろうっていうことで、また人形のギャラリーに行くことになった。


ただ今回は、以前行ったのとは違う、別の人形作家さんの個展だった。沙奈子や絵里奈が持っている人形の作者の山下典膳やまもとてんぜんっていう人と人気を二分する人形作家さんで、神玖羅かみくらっていう人の個展なんだって。


実は絵里奈にとってはあまり趣味に合うタイプの人形じゃないそうなんだけど、せっかくだから見に行こうっていうことになったんだ。


そして実際に行ってみると、絵里奈が『趣味に合わない』と言った理由が理解できた。


「怖い……」


沙奈子が小さく声を漏らして絵里奈の後ろに隠れるように縋り付く。その気持ちも分かる気がする。


怖い。確かに怖い人形だった。特に目が怖いんだ。人間を呪っているみたいな、あの世から覗き込んでくるような…。


でも同時に、何故か目を離せない、心を掴まれるみたいな迫力もあった。何だか昔の自分を見てるみたいな気さえしてくる。


僕と手を繋いで見ていた玲那も、魅入られたみたいに人形を見詰めてた。


怖いと言いながらも絵里奈と一緒に人形を見てる二人を残して、僕と玲那はベンチに座って一休みしてた。そんな僕のスマホに、玲那がメッセージを送ってくる。


『怖い人形だったね』


「うん…。すごい迫力だった…」


僕がそう応えると、更にメッセージが届く。


『でも、私、あの目を知ってる…』


それを見て僕はハッとなった。


「玲那も…?」


思わず声に出てしまう。そして僕と目を合わせた玲那が頷きながら、言ってきた。


『絵里奈と出会う前の私の目と似てた…』


「……」


二の句が継げない。


『鏡の中で見た私の目を思い出したんだ。


生きたまま死んでる人の目だって思った…』


「……」


…そうか、言われてみたら確かにそうだ。僕も自分の顔を鏡で見た時にあの目を見たんだ。沙奈子が来る以前の僕の目にも似てた気がする。


あんな目をした人形を作れる神玖羅っていう作家さんがどんな人生を送ってきたのか、思わず想像してしまった。具体的に何があったかは分からないけど、決して何もかも満たされた境遇じゃなかったんだろうなっていうのは間違いない気がした。たぶんあの目は、神玖羅さん自身か、身近な人の目を再現してるものだっていう気がした。


この世には他にも苦しい人生を送ってる人がいるんだっていうのを改めて思い知らされてしまった気もした。


せっかくの家族の時間をこういう感じで送るのはどうかなと思わなくもなかったけれど、だけど不思議と無駄な時間だったとは感じなかった。自分たちが今、いかに幸せかっていうのを実感させてもらえたからかも知れない。


そうだ。今、僕の家族にあの目をしてるのはいない。見た覚えはあってもそれはすべて過去のものだ。僕の部屋に来たばかりの頃の沙奈子の目にも似てると思った。でも今はそうじゃない。あの目をした沙奈子はもういない。それが事実なんだ。


僕は玲那の体を抱き締めてた。玲那も僕に縋りつくみたいに体を預けてきた。その背中に軽くとんとんと触れる。それができる相手がすぐ傍にいる。だからあんな目をする必要がない。泣くことも甘えることも許されなくて世界を呪うしかなくなった人の目だと僕には思えた。そんな人形が、人気だという。それはつまり、あの目に共感を覚える人がそれだけいるっていうことなのかも知れないな。


なんだかそれが悲しかった。そして同時に、この作者さんが自分の人形が人気だというのをどう感じてるのかってのが頭をよぎった。喜んでいるのか、それとも……。


とその時、何気なく視線を向けた先に、見覚えのある顔を見付けてハッとなった。人の顔を覚えるのは決して得意じゃないはずの僕なのに、その顔だけははっきりと覚えてた。一瞬、子供かなと思ってしまうくらい小柄であどけない顔つきだけど、すごく冷めた目をした女性。


保木仁美やすきひとみさん…」


そうだ、間違いない。玲那の裁判で、情状証人として証言してくれた保木仁美さんだ。僕の声に玲那もハッとなってそちらを見た。そしてほとんど同時に立ち上がって頭を下げてた。玲那なんて、体を折りたたむみたいにしてものすごく深くお辞儀をしてた。


「あの、保木さんですよね。裁判の時にお会いした…」


念の為に声を潜めて問い掛けた僕に気付いて、保木さんもこっちを見た。だけどその目はすごく冷静と言うか冷淡だった。一瞬、人違いだったかなって思ってしまうくらいに。でもそうじゃなかった。それは確かに保木仁美さんだった。


「ああ…、あの時の…」


その言葉にホッとする。やっぱり人違いじゃなかったのか。


「その節は本当にお世話になりました。この子の為に…。本当にありがとうございました。ずっとお礼を差し上げたかったんですが、お会いできる機会がなくて…」


そうだった。連絡先とかは教えてもらえなかったし、裁判が終わって僕たちが帰ろうとした時にはもう帰ってしまってて、お礼の一つもできてなかったんだ。それがずっと引っかかってて。


なのに保木さんは、


「そういうの別にいらない…。私は自分のためにしただけだから……」


って。その言い方に、こうして声を掛けてしまったのは逆に迷惑だったのかなって思ってしまった。でもそんな保木さんの影に隠れるようにして立ってた人がいた。そしてその人は、


「もう、おかあさん、もっとあいそうよくしなきゃダメですよ!」


と、保木さんを見上げながら、声は抑えてるけどお説教する感じでそう言った。


女の子だった。5歳か6歳くらいの、しかも保木さんをそのままさらに小さくした感じのそっくりな女の子だった。知らない人が見たら姉妹かと思ってしまう感じの。


だけど僕たちは知ってる。こう見えても保木さんは玲那より確か4歳くらい年上、つまり僕と同じ年か一つ上…。


「ああ…、そうか、ごめん。お前の言う通りだ」


そんな風に女の子に声を掛けた後で僕たちの方に向き直って、保木さんは言った。


「これは失礼した。言葉足らずだった。だが私は本当に自分のために証言しただけなんだ。感謝してもらおうと思ったわけじゃない」


そのぶっきらぼうな喋り方に、僕たちは圧倒されていた。そこへ沙奈子と絵里奈が戻ってきて、絵里奈もその女性が保木さんだってことに気付いて、


「その節は大変お世話になりました…!」


と僕とほとんど同じことを言った。すると保木さんは頭を掻きながら、


「困ったな。やっぱり上手く話せないか。人間の相手は難しい…」


って。さすがにそこでいつまでも立ち話するわけにもいかなくて、絵里奈がその場をとりなす形で、僕たちはギャラリーの近くの喫茶店に入ったのだった。



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