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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百五十四 「ありがとうとごめんなさい」

僕は今でも両親のことが嫌いだ。きっと、一生、許すことはできないと思う。だけど同時に、哀れだっていう風にも思えるようになってきた気がする。未熟で偏った考え方しかできないままで親をやらされて、それで結局、間違ってしまった。自分の子供を捨てて逃げるような人間と、他人のことなんて知ったことじゃない僕には関係ないっていう心の狭い人間を作ってしまった。それはあの人達自身にとっても不幸なことのはずなんだ。なにしろ、自分が死んでも悲しいって思ってくれる人間がいないんだから。


僕も兄もそうだし、両親の親戚だって冷たいものだった。葬式の式場でも誰一人悲しんだりしてなかった。それどころか、『この忙しい時に死ぬとか、ホントに迷惑しか掛けない奴だな』とか言ってた母方の伯父もいた。そんな人たちの中で生きてきて、父も母も幸せなんて感じたことがあったんだろうか。しかも自分の実の子供にも悲しんでもらえないなんて。


悲しんでるふりならいくらでもできるよ。僕だってその程度の演技くらいできる。でも悲しくないんだ。いなくなってくれて清々したとしか思えないんだ。それが僕の抱える闇の一つかも知れない。


でも、亡くなったのが沙奈子だったら?。絵里奈だったら?。玲那だったら?。


それを考えるだけでも胸が苦しくなる。そんなの絶対にあって欲しくなって思える。それどころか、千早ちはやちゃんや星谷ひかりたにさんや波多野さんや田上たのうえさんや大希ひろきくんやイチコさんや山仁やまひとさんが亡くなっても、僕は泣いてしまう気がする。なのに、両親に対してはまったくそんな気持ちになれない。


子供は親を敬うべきだなんて、そんな綺麗事、僕には何の価値もない。あの人たちに敬うべき点なんて何もなかった。そういうことを知らない他人が無責任に『親を敬え』とか言ったって、何も心に響かない。でもそれと同時に、感謝はできるようになってきた。少なくとも僕を死なせなかった点においては。そのおかげで今の僕があるんだから。そして、沙奈子の前で両親に対する恨み言は言わないでおこうと思う。そのために、両親のことを思い出してしまってイライラしないために両親のことはなるべく思い出さないようにしてる。こんな僕が善人のはずがないよね。


だから僕は沙奈子に敬ってもらいたいとは思ってない。敬ってもらえるだけの値打ちが自分にあるとは思えない。むしろ僕にとっては沙奈子こそ敬うべき存在だとしか思えない。


そうやって、『お前を育ててやってるんだからとにかく敬え』っていう態度を見せないから信頼してもらえてるんだっていうのをすごく感じてる。だって僕がそんな人を信頼できないから。そういう態度が透けて見えてた両親のことを信頼してなかったから。


子供に信頼されるためには、立派である必要はないって今は実感がある。立派な人間のふりをする必要はないって実感がある。逆に、本当はぜんぜん立派なじゃないのに立派なふりをしてる方が信頼できない。ただ、『ありがとう』と『ごめんなさい』がちゃんと言える人であることが基本になるんだって思えるんだ。特に、子供が相手ならなおさら。


ありがとうもごめんなさいも、しっかりと相手を見て言わないと意味がないと思う。それにはしっかりと相手を見ていないと駄目だと思う。相手を見て、その人がそこに存在するんだっていうのを認めて、『ありがとう』って、『ごめんなさい』って言わないといけないって実感があるんだ。誰に対してもそうできればそれが理想かもしれないけど、僕にはまだ無理だ。けれど、沙奈子や絵里奈や玲那に対してならそれができる。だから信頼してもらえてるんだって感じる。


…なんて、今日もあれこれ考えちゃってるなあ。


家に帰って沙奈子と一緒にお風呂に入って寛いで、人形の服作りをしてるこの子や、沙奈子と一緒に人形の服作りをしてる絵里奈や、商品の管理作業をしてる玲那の様子を見ながら僕はやっぱりいろいろ考えてた。


僕はこうやって自分のことを客観的に見てる。これが僕のやり方だった。他の人が同じようにできるのか僕は知らない。僕と同じやり方で上手くいくのかどうかは知らない。でも少なくとも僕はこうすることで何とか上手くいってる。完璧じゃなくても、少なくとも以前の僕よりはずっとマシだっていうことだけは分かる。


じゃあ、波多野さんのご両親はどうすれば良かったんだろうな。どうすればあの事件を避けられたんだろう……。


玲那の事件を回避してあげられなかった僕がそれを言うのはどうなんだろうとは思うけど、つい考えてしまう。だって、事件が起こってからの様子は全く違うから。僕たちはむしろ余計に家族の大切さを痛感させられた気がする。繋がりがさらに強くなった気がする。なのに波多野さんの家庭は壊れてしまった。それを波多野さん自身が『どうでもいい』って言ってしまえるくらいに家族に対する想いみたいなものがなかった。そこが大きく違ってるのは事実なんじゃないかな。


どうして高校生の女の子がそこまで家族を大切に思えなくなってしまったんだろう。僕の今の家庭と波多野さんの家庭がここまで違ってしまったその原因に答えがある気がする。そして山仁さんはもうすでにその答えを知ってるって気もする。それを知っていて、でも知っているからこそ口を出さないんだって感じるんだ。聞く耳を持たない人に言葉が届かないことをよく知ってるから……。


そうでなければ、きっと、波多野さんのご両親にあれこれ言ってると思う。黙って娘さんを預かったりしないと思う。山仁さんの言葉に耳を傾けてくれるような人たちだったら、最初からこんなことになってなかったんじゃないかって思えて仕方ない。


自分の娘を預かってもらってるのに、『ありがとう』も『ごめんなさい』もないと、波多野さん自身が言ってた。だから波多野さんは自分で『ありがとうございます』『迷惑を掛けてごめんなさい』と言って、感謝とお詫びを兼ねて山仁さんの家の家事を手伝ってるんだって。高校生の女の子ができることを、どうしてできなかったんだろう。


もちろん僕だって、誰にでも同じようにできるとは思わない。会社の同僚たちが相手だったらたぶん言えない気がする。それと同じようなことなんだって考えたら、波多野さんのご両親のことを強く責める気にもなれない。僕にそれをする資格があるとは思えない。僕はただ、このことがいつか何かの役に立つかもしれないって考えて、波多野さんを支える役に立つかもしれないって考えて、その原因を知りたいだけなんだ。


お兄さんが、口先だけじゃないきちんとした『ありがとう』と『ごめんなさい』を言える人だったら、女性に乱暴したりしなかったんじゃないかな。ご両親がそれをきちんと教えてあげられてたらあの事件はなかったんじゃないかなって、僕は思ってしまうんだ。

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