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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百五十 千早編 「千早ちゃんのバースデーケーキ」

誕生日と言えば、6月19日は千早ちはやちゃんの誕生日らしい。だけどそれは千早ちゃん自身のリクエストで、延期された星谷ひかりたにさんの誕生日パーティーと一緒にすることになったんだって。しかも、千早ちゃん自身がバースデーケーキを作るっていう、ちょっと風変わりな趣向のパーティーにしたいっていうことだった。


ただそれだと、うちのキッチンではさすがに狭すぎて作業もしにくそうだったから、今度の日曜日は山仁やまひとさんのキッチンを借りて、沙奈子と大希ひろきくんと星谷さんも協力して、絵里奈の指導の下でケーキ作りをすることになった。


千早ちゃんは、ケーキを作ること自体がお祭りみたいなものだって思ったらしかった。自分のためのバースデーケーキを自分で作るのを誕生日を祝うイベントにしようと思うのは、正直、どう考えたらしいんだろう。素直に楽しそうだからいいやって思えばいいのか、それとも、そういうことさえイベントになってしまうほど、それまでの誕生日が寂しいものだったって思うべきなのか。


ああでも、千早ちゃん自身が楽しめるのなら細かいことは考えなくてもいいのかな。


そうだ。僕がそういうことに気を揉んでも仕方ないか。彼女がそれを望んでるんだもんね。


土曜日はそのための準備をするということで、うちでの料理はなかった。だから僕たちは今回、沙奈子の午前の勉強が終わってすぐに、絵里奈と玲那に会いに行った。すると絵里奈が、


「ここに入りましょう」


と言ってカラオケボックスに入っていった。沙奈子はあんまりそういうの好きじゃないはずだけどなと思ってたら、個室の中でテーブルの上に持ってきた道具を広げて、


「明日のケーキ作りのために、ケーキの作り方を簡単に教えておいてあげる」


だって。なるほど、事前に沙奈子にはある程度の手順を知っておいてもらおうってことだったのか。


そんな訳で、玲那が次々と入れるアニメのカラオケをBGMに、絵里奈が、ケーキのレシピの本を見ながらケーキ作りの道具の説明とケーキの作り方を沙奈子に教え、エア『ケーキ作り』をするという、なんだか奇妙な光景が繰り広げられることになった。


もし玲那の声が出せればここでずっと一人で歌ってたところなんだろう。だけど今はもうそれはできない。僕も歌ったりするのは苦手だから、今日も玲那が僕を独り占めして膝に座ってアニメのカラオケに乗って体を揺らしたりって感じでずっと甘えてた。でも沙奈子も絵里奈も真剣で、そんな僕と玲那のことは気にしてなかった。


う~ん、なんだかシュールに感じるのは気のせいなんだろうか。だけどまあ、沙奈子と絵里奈が気にしてないし玲那が幸せそうにしてるんならそれでいいのか。


僕たちがこんな風にしてる一方で、千早ちゃんたちの方も今日はケーキの材料の買い出しとか行ってるらしい。星谷さんから絵里奈のスマホにメッセージが入って、必要な材料とか道具についての縁密な打ち合わせもされてた。着々と準備が整ってるってことなんだろうな。


そしてついに日曜日。千早ちゃんのケーキ作りっていう誕生日パーティーの本番だ。


今日は僕と沙奈子も朝から山仁さんの家にお邪魔してた。と言っても山仁さんはこの時間は二階の寝室で寝てるからあまり騒いだりはできない。キッチンには沙奈子、千早ちゃん、大希くん、星谷さん、イチコさん、田上たのうえさんが、リビングでは僕とと波多野さんが大人しく待機してる形になった。


山仁さんの家も決してそんなに大きくないものの、さすがにうちのキッチンよりは広いから、子供たちが中心になって、僕が持ってきたノートPCの画面に映し出された絵里奈の指示に従って、ケーキ作りが始まった。それは、今回のために絵里奈が実際にケーキを作る様子を録画した動画だった。


だけど、作業そのものは静かに行う。二階で山仁さんが寝てるから、なるべく大きな音は立てないように声もひそめてね。う~ん、これもなんだかシュールな光景のような気がする。


それでも、クスクスって感じで笑い声を押し殺しながらも、三人は楽しそうにケーキを作っていった。絵里奈の動画の指示を沙奈子が補う形で作業が進んでいく。せっかくだからっていうことでイチコさんと星谷さんと田上さんもケーキ作りを体験しようってことだったらしいのが、ほとんど子供たちだけでスムーズにできてる感じだった。


ただ、一つ目のスポンジは上手く膨らまなかった。さすがに、ケーキ作りにはこれまで作ったもの以上のコツや慣れが必要ってことなんだろうか。


でも、失敗しても千早ちゃんは落ち込んだりしなかった。


「あ~…」


ってがっかりした感じで声は上げたけど、


「よ~し、次いってみよ~」


と小声で自分を鼓舞して、すぐに再度挑戦した。失敗することももちろん織り込み済みで、だから朝から始めたんだ。何度失敗しても成功するまでやるって。


一回目の失敗は生地の混ぜ込みが足りなかったらしい。混ぜ過ぎてもダメだからって少し遠慮し過ぎたんだろうってことだった。絵里奈からコツを聞いてた沙奈子も実際にやったわけじゃないからその辺りが掴み切れてなかったみたいだ。


けれどそうやって失敗を重ねることも経験だ。材料は星谷さんが十分に用意してくれてた。


僕と波多野さんは、失敗したスポンジケーキの処分役だった。


「美味しい!。十分膨らんでないからケーキらしいふわふわ感は足りないかもだけど、味は完璧じゃないかな!」


見た目にはちょっと残念な感じだったそれを一口頬張った波多野さんが、声は抑えめに、でもテンション高くそう言った。僕も一口食べてみて、その通りだと思った。


「最初からこういうものとして出されたら、これはこれでありかも」


って僕も言ってしまった。食感としてはホットケーキに近いのかな。甘さ控えめのホットケーキって感じかもしれない。意外と嫌いじゃない。玲那は子供たちの方を見てたけど、こっちに気付いてたら羨ましがったかもしれないな。


なんて感じで僕と波多野さんでそのスポンジを片付けてる間に、「やった!」って、千早ちゃんの嬉しそうな声がキッチンから届いてきた。


二回目でもう成功したのか。驚きながらも、正直、この一個目で結構お腹が膨れてきてたから次がなくて良かったと胸を撫で下ろしてた。波多野さんはまだまだいけるぞって顔してたけど。


そのスポンジケーキに、千早ちゃんが中心になってデコレーションしていく。そんな姿がまた楽しそうで、見てる僕の胸もあったかい感じになった。そしてそれを見守ってるうちに、立派なバースデーケーキが出来上がってたのだった。


「おお~、これは写メらねば!」


田上さんがそう言って何度も写真を撮る。


『お父さんもちゃんと写真撮っておいてよ』


と、ずっとその様子をビデオ通話で見てた玲那からメッセージも届いた。だから僕は、自慢げな笑顔を浮かべる千早ちゃんを中心に、子供たちとケーキの写真を撮ったのだった。



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