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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百四十九 千早編 「波多野さんの闇」

千早ちはやちゃんたちが帰ったあとは、いつも通りの時間を過ごした。このいつも通りの時間を守ることが僕のたたかいの一つであるんだと改めて思う。


そして月曜日。今週はいつもとちょっと違ってくる。明日から波多野さんのお兄さんの裁判員裁判が始まる予定だから。仕事が終わってから沙奈子を迎えに行って顔を出した時も、少し緊張した感じがあった気がする。とは言え、波多野さん自身も成り行きを見守るしかできない状態だったけど。


火曜日、いよいよ裁判が始まった。


「まったくだるいっす!」


波多野さんは憮然とした感じでそう言い放ってた。そんな前で、星谷さんによる状況説明が始まった。


傍聴人として裁判所に行ってもらった、星谷さんが雇った探偵さんの話だと、兄さんは結局、被害者の女性とは合意があったということを主張して徹底的に争う姿勢を見せただけで今日の裁判は終わったんだって。裁判員の人たちはもの凄く怒ったような顔してて、傍聴人の人たちもやっぱり『なに言ってんだこいつ?』っていうのがありありと見える感じだったらしい。とにかくどうしようもなく雰囲気が悪かったって話だった。


「あーもう!、死んで!、ホント今すぐ爆発して死んで!!。頼むから!!」


両手を掲げて体を震わせながら波多野さんは呪いの言葉を吐き出した。被害者であり、同時に加害者の家族でもある彼女の偽らざる気持ちだと胸に刺さった。そんな波多野さんの背中を、イチコさんと田上たのうえさんがさすっていた。


だけど落ち着くと後は意外なくらいに冷静で、それでいて心底不機嫌そうな様子だった。でもその上で、絞り出すように星谷さんに向けて言った。


「ごめん、ピカ。ホントにごめん…。ピカはこんなに頑張ってくれてるのに、うちの家族はホント何やってんだろ……」


それはたぶん、星谷ひかりたにさんがせっかく選んでくれた弁護士を解任して国選弁護士を付けたりっていうことについての謝罪だったんじゃないかなとこの時は思った。星谷さん自身も見通しが立てられなくて正直困ってるらしい。新しい弁護士と連携してとも思っても、波多野さんのお兄さん側の意向で関わらないようにしてほしいと言われてるらしいし、弁護士の人も内心では困ってるみたいだ。


なにしろ、今の主張だと被害者の女性との間で合意があったかどうかっていう部分でしか争えなくて、なのに被害者の女性と事前に接点があったっていう証拠になるものが何一つないから、見ず知らずの男性が突然部屋に押し入ってきたのにそれを受け入れる女性っていう、あまりにも被害者を蔑ろにした話にしないと辻褄が合わない無茶苦茶なものだったから。


弁護士って仕事も、そういう被告でも弁護しないといけないんだから大変だなあと思ってしまった。それと同時に、被害者の女性のことをここまで踏みにじられるような人間になってしまうまで彼の闇を見て見ぬ振りし続けたご両親の罪深さも感じてしまった。


そんな波多野さんに向かって星谷さんが言う。


「以前にも言ったと思いますが、カナが謝罪することではありません。反省し、謝罪すべきはあくまで被告自身です。私はこれからもカナを支えます。これは私自身の望みです」


毅然とした態度できっぱりとそう言い切った星谷さんに対して、波多野さんは俯いたまま「ありがと…、ホントにありがと……」と繰り返すしかできなかった。その姿に、僕も胸が締め付けられる気がした。だからこそ僕たちは、そんな波多野さんを支えていきたいと思う。この闇に呑まれてしまわないように、そして、玲那の時に支えてもらったことを少しでも返すために。


波多野さん自身、あのまま自分の家に残っていたら精神的に追い詰められてそれこそ自暴自棄になっていてもおかしくないと前にも言ってた。


『いや、マジでお前があいつをあんなのに育てたんだろって、包丁握り締めながら父親のこと見ちゃったりもしたよ。だから家を出たんだ。ホントに刺してしまいかねないのが自分でも分かったから。それで玲那さんのことが他人とは思えなくてさ。玲那さんがどうしてそんなことしちゃったのか分かる気がして…』


とも言ってた。波多野さん自身が抱えてる闇も、もうシャレにならないレベルになってるんだなって僕も感じた。そんな家から逃げ出してもこうして受け入れてもらえるところがあったことで救われてるんだ。僕もそれに協力したい。


そういうことを再確認して、この日の会合は終わった。沙奈子と一緒に家に帰ってからも、僕は波多野さんのご両親がした失敗を自分もしてしまわないようにと自身に言い聞かせながら、沙奈子のことを見ていた。この子が抱える闇を育ててしまわないようにね。もし育ってしまうような兆候が見えたら、それを見て見ぬ振りしないように。この子がすごくいい子だっていうので油断してしまって、自分にとって都合のいい部分だけを見て安心してしまわないように。




水曜日、木曜日、金曜日は、これといった進展もなかった。波多野さん自身も落ち着いたらしくて、普段の感じに戻ってた。いつまでも引きずらないのが彼女の凄いところなんだろうなって思った。


あと、波多野さんのお兄さんの裁判が始まった日は、実は星谷さんの誕生日で、本当はパーティーを予定してたらしかった。だけどさすがにそんな雰囲気にはなれなくて、波多野さんが落ち着いてから改めてってことになったんだって。だから波多野さんは謝ったのは、誕生日パーティーが延期になってしまったことへの謝罪もあったらしかった。それで、今度の日曜日に改めてすることになったって話だった。


実は僕の誕生日も6月5日に本当にささやかにしてもらったんだけど、この歳になると誕生日って別に嬉しくないんだよね。しかもとうとう三十路に突入だし。だから僕の誕生日を口実にみんなで楽しんでもらえればいいやってだけだった。恥ずかしいし、本音を言うとあまり触れてほしくなかった。沙奈子や絵里奈にも『おめでとう』って言ってもらっただけだった。それでもう十分すぎた。だけど玲那は、僕が照れ臭くて困ってるのを分かってて、


『うっしっし、これでお父さんもオッサンに突入だぁ』


ってニヤニヤ笑いながらメッセージ送ってきてたけど。それでも、沙奈子の作ったドレスが初めて売れたすぐ後のことだったからそちらのおめでたさに紛れてしまってそんなに取り上げてもらわずに済んでありがたかった。


ただ、もし、来年も同じように祝ってくれるっていうんだったら、今回のよりはもうちょっとだけちゃんとしてもらってもいいかなとも思った。何だか少しだけ慣れた気がするし。


そうだ。僕が誕生日パーティーをこんなに素直に喜べないのは、これまでずっとまともに祝ってもらってこなかったからかも知れない。少なくとも両親は僕の誕生日なんかどうでもよかったみたいだからね。僕もそれでいいと思ってた。そう思い込もうとしてたんだろうな。



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