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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百四十八 千早編 「ヤキソバ」

なんてことを延々と考えてるうちに、また寝る時間になってしまった。


沙奈子と一緒に布団に入ったら、つい、


「沙奈子、愛してる」


って口にしてしまった。すると彼女も、


「私もお父さんのこと大好き」


と、もじもじしながら返してくれた。ああもう、可愛いなあ。


そして僕は、この子の可愛さに内心身悶えながら眠りについたのだった。




日曜日。今日も千早ちはやちゃんたちは当然のように料理の練習に来る。今日はヤキソバなんだって。とにかくいろんなことに挑戦してみたいっていうことなんだろうな。


そう言えば、来週は父の日らしい。先月の母の日は、沙奈子の誕生日と一緒にして、彼女からの『お母さん、ありがとう』の言葉だけで済ませてしまった。だから父の日もそれでいいと思う。それにこの子から何かお返しをしてもらおうとか、僕は全く思ってない。って言うか、こんなに可愛くていい子と一緒に暮らせてるんだから、それ自体がものすごい『ご褒美』だって気がする。その上で何かしてもらおうとか、罰が当たるだろって気さえする。というわけで何もする予定はなかった。


いつものように千早ちゃんたちがきて、楽しそうにヤキソバを作ってた。その様子を見てると、改めて明るさが余計に胸に迫る気さえした。彼女の境遇を思うとつい……。


だけど以前、星谷ひかりたにさんは言った。


『千早の置かれた状況にただ同情するというのは、私は違うと思います。それは自分にとって無関係で実際には真剣に何かをしようと思っていないからこその感覚なのではないでしょうか。実際に手を差し伸べ力になろうと思えば、様々な決断が求められると思います。単なる同情だけではそれに対して責任を持つことは難しいと私は思います』


僕もそうだと思った。僕が今までやってこれたのは、沙奈子の境遇に同情したからだけじゃない。この子の生活の全てを、人生さえも背負うことになるのが分かったから逆に真剣になれたんだと思う。成り行きでも仕方なくでも、実際に自分が動くことになるから簡単には考えられないんだ。


だけど、千早ちゃんに対してはどうだろう。僕は彼女にも幸せになってほしいと思ってる、だけど実際には何もしてあげられていない。まだそんな風に思っていた頃だったから、


『僕は千早ちゃんのために何ができるんでしょう?』


って聞いてしまった僕に星谷さんは応えてくれた。


『こうして千早のために料理を作る場を提供してくださってることが、非常に大きいと思います。普通は他人の子供にキッチンを使わせないのではないでしょうか。あまり聞く話ではありません。


すでに承諾はいただいてましたのでヒロ坊の家のキッチンを借りても良かったのですが、山下さんのキッチンをお借りするのは、千早が望んだことです。沙奈子さんの家に伺う口実が欲しかったんだと思います。彼女は沙奈子さんのことが大好きなんです』


自分でも、千早ちゃんたちにうちに来てもらってホットケーキを作ったりしてもらうのが、せめてもの僕のできることだって思ってはいたけどやっぱりそれだけじゃ何もしてないのと同じなんじゃないかっていう不安もあった僕に、星谷さんは『それでいいんです』って言ってくれたような気がしたんだ。


その上で、星谷さんはさらに言ってた。


『自分が意地悪な態度を取ってしまったのにも拘わらず他の生徒と同じように接してくれる沙奈子さんは、千早にとっての希望なんです』


『希望…?』


『はい、指標と言ってもいいかも知れません。自分を許してくれた沙奈子さんの寛容さが、今の千早にとっての指標になっているんです。だから彼女は、自分に辛く当たったお姉さんたちやお母さんを、新たに家族として受け入れようとしてるんです。


それは決して、罪を犯したお姉さんたちやお母さんを見逃そうとしているという意味ではありません。あくまでその罪そのものも含めて受け止めようとしているんだと思います』


その言葉に、僕はもう何も言えないでいた。そこまで考えた上でのことなんだって、圧倒されるだけだった。


今でも、僕のやってることなんて山仁やまひとさんや星谷さんに比べれば全然足元にも及ばないっていう風にしか思えない。だけど、今はまだそれでもいいって思わせてもらえてるのも事実だった。気負いすぎて押し潰されてしまったらそれこそ意味がないんだって分からせてもらった気がしてた。だからこうして今日も千早ちゃんたちが楽しそうに料理をしてるのを見守ってるだけでも少しくらいは役に立ててるんだって思えるようになっていた。


もちろんこれで満足してちゃダメだと思う。ましてや『キッチンを使わせてやってるんだから感謝しろ』なんて考えるのは傲慢だとしか思わない。僕はもっと経験を積んで、もっといろんなことをできるようになっていくべきなんだって思ってる。これから僕が出会うかも知れない人たちの力になれるようになっていければって思うんだ。それでようやく、僕は自分が受けた恩を返していけるようになるんだって気がしてる。


もっとも、それで恩がすべて返せるって感じもしないけどさ。


だけどせめて、塚崎つかざきさんが『沙奈子さんを大切にしていただければ私たちの手も煩わされずに済みますから、恩返しがしたいということでしたらそれが恩返しだと思ってください』って言ってたことをきちんと実行できる自分でいたいって思ってるんだ。


玲那のことだってそうだ。あの子がまた追い詰められてパニックを起こしたりしないようにすることで、執行猶予を与えてもらえたことに対する、恩返しって言ったら変かもしれないけど責任の取り方なんじゃないかなって。それが、あの子を更生させることになるんじゃないかって。


あの子は分かってる。自分の行為が許されないことだって。だけど分かってても抑えられなかった。抑えられないくらいに追い詰められてしまった。だったらもう二度とそこまで追い詰められたりしないようにするのがあの子の父親である僕の務めなんだ。


今日も、画面の中で忙しそうに作業してる玲那の姿も見ながら、僕はそんなことを考えてた。


沙奈子と、千早ちゃんと、玲那。とても辛い経験をして大きな傷を負った子供たち。お母さんを亡くした大希ひろきくんや、幼い頃にご両親とあまり会えなくて自分を『この家庭に必要ない存在』と思ってしまった星谷さんも含めて、僕の手の届く範囲にいるこの子たちのために僕のできることをやりたい。素直にそう思える自分を大切にしたい。


「へっへっへ~、今日も大成功~!」


自慢げにそう笑いながら出来上がったヤキソバを食べる千早ちゃんと、そんな千早ちゃんを優しい目で見守ってる沙奈子や大希くんや星谷さんを見ながら、子供たちの作った美味しいヤキソバを僕も堪能してたのだった。

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