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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百四十七 千早編 「叩かれる痛み」

沙奈子と出会ったばかりの頃の千早ちゃんは、確かにいい子とは言い難かったのかも知れない。自分が気に入らないからって沙奈子に辛く当たるような意地悪な子だった。


普通なら、そういう子は叩いたりして矯正しようとされるんだろう。でも、千早ちゃんを叩いてそれができるのかなって僕は思ってしまう。


彼女は、お姉さんたちやお母さんから散々叩かれてきた。叩かれたからこそ、他人のことも威圧して自分の言うことを聞かせようとする子になってしまった。そんな子をさらに叩いて何を分からせられるんだろう。


叩かれる痛みなんて、千早ちゃんは嫌っていうほど知ってるはずなんだ。それどころか叩かれたらイヤだっていうのを知ってるから、叩かれたくなくて他人が自分に従うっていうことを分かってるんだ。それをどうやって叩くことで間違ってるって教えるつもりなんだろう。


歯向かう気も起きないくらいに叩くことで従わせるっていうこと?。でもそれこそ、千早ちゃんのお姉さんやお母さんがしたことだよね?。そんなことしたら、千早ちゃんのお姉さんやお母さんがしてきたことが正しかったってことにならないかな。


それに、歯向かう気も起きないくらいに叩いてその時は大人しくさせられたって、叩かれた子が成長して力を付けたら、力の差を見せ付けてっていうのは通用しなくなるよね。武器とか使って強化するっていうこともできてしまうよね。


それをやったのが、千早ちゃんのお姉さんの千歳さんが昔通ってた小学校で、千歳さんたちからの躾の振りしたイジメに耐えかねてカッターナイフを振り回したっていう女の子だよね。その子も、発達障害があったことで上手くできなくて周りに迷惑を掛けてたから、イジメてた側もそれを見逃してた学校側も、ただの躾だと思ってたって話だったよね。


そしてその子は結局、人を殺そうとした極悪人として徹底的に世間から攻撃を受けてしまった。


もう、何が何だか分からないよ。これのどこに正義があるんだ?。


僕は、千早ちゃんを見ていて、あの子を叩くことで教えられることなんてないって思い知らされてしまった気がする。叩かれ続けたからこそあの子は沙奈子に辛く当たるような子になってしまったんだっていうのがすごく分かってしまったんだ。叩くことで他人を自分に従わせるっていう方法があるっていうのを知ってしまったんだ。


沙奈子は、千早ちゃんには直接は叩かれたことはないらしい。だけど乱暴な言葉で脅して叩くようなふりをして、椅子とか机とかを叩いて『お前も叩くぞ』ってやって、沙奈子を自分に従わせようとしてたんだって。


そのことだけを思ったら、本当にとんでもないことだって思う。千早ちゃんのことがすごい悪い子に見えたと思う。だけど、彼女の本質はそうじゃなかった。沙奈子のことを大事にしてくれて、料理を上手に作りたいって思って何度も練習する、真面目で熱心なところもある明るくて優しい子だった。それを間違わせてしまった原因は何かって考えたら、やっぱり叩くことで誰かを従わせようとするやり方だと思う。


星谷ひかりたにさんは、一度も千早ちゃんを叩いたことがないって言ってた。千早ちゃんがワガママを言った時は抱き締めて落ち着くのを待ったって言ってた。それはたぶん、今なら僕でも同じことをすると思う。ワガママは、ワガママを言うような自分でも受け止めてくれるのか試そうという行動なんだって、今なら分かるんだ。


幸い、沙奈子はあまりそういうことがなかった気がするけれど、思えば、最初の頃、押し黙って愛想をふりまくわけでもなく部屋の隅にうずくまってたのは、沙奈子なりのワガママだったのかも知れないって気もする。可愛いふりができない自分でも受け入れてくれるのかを無意識に試そうとしてたって言われても納得できてしまうんだ。


あの頃の僕はただ、沙奈子を見捨てたり万が一のことがあって自分が責任を問われるのが嫌だったから追い出さなかっただけだった。もしそれを、沙奈子が自分を受け入れてくれてるって思ってくれたんだとしたら、本当にもうたまたま上手いこと誤解してくれただけって気さえしてしまう。どっちに転んでても何もおかしくない、ぎりぎりの綱渡りだったんだって、ゾッとするくらい思い知らされる。


僕はちっとも立派な人間じゃない。自分にとってより嫌なことから逃げたいから仕方なく沙奈子を受け入れたふりをしてただけの卑怯な人間だ。そんな僕が偉そうな顔をして誰かを叩くなんて、悪い冗談にも程がある。こんな奴に叩かれて何を言うこと聞いてもらえるって言うんだよ。僕はただ、自分が未熟で駄目な人間だから、沙奈子と一緒にいろんなことを学んでいきたいと思ってるだけだ。僕が導くなんて、それこそとんでもない。ましてや千早ちゃんを叩いて何かを教えるとか、ありえない。そんなことで教えられることなんて、何もない。


愛情があるからこそ叩くなんて、そんな理屈認めてたらDVだって正しいことになってしまう。子供を殴り殺した親の方が愛情が深いってことになってしまう。そんなのおかしいよ。愛してたら、痛い思いなんてさせたくないじゃないか。僕は沙奈子に痛い思いなんてさせたくない。絵里奈だって、玲那だってそうだ。


もし、感情的になってつい叩いてしまったりしたら、僕は自分を許せない。感情を抑え切れない未熟な自分が許せない。感情を抑えなくていいって言うなら、そんなの、子供のままでいいはずだよ。大人になんてなる必要はない。自分の感情ばっかり他人に押し付けてワーワー言ってる子供でいいじゃないか。それこそ、沙奈子に辛く当たってた頃の千早ちゃんみたいな。


自分の感情だけに従ったらいいのなら、その頃の千早ちゃんなんてまさしくその通りだったんじゃないかな。だけど僕はそれが正しいなんて少しも思えないんだ。大人がそれでいいなんて、これっぽっちも思えないんだ。自分の感情ばかり、自分の都合ばかり押し付けてくる僕の両親の姿を思い出すから。


今なら分かるよ。僕の両親がいかに幼稚な人たちだったかって。自分の思い通りにいかないと癇癪を起す小さな子供と同じだったかって。


だから僕は、もし、沙奈子に手を上げてしまうようなことがあったりしたら、その後すぐ、謝るだろうと思う。その時に謝れなかったりしたら、それこそ僕は自分の卑怯さを許せなくなると思う。


大人だって人間だから間違うこともあるよね。頭に血が上ってつい、ってこともあるよね。そういうことまで完璧に抑えられるとは思えないけど、少なくともわざと叩いたりするのは絶対に嫌だ。意図して分かってて沙奈子に痛みを与えるなんて絶対に嫌だ。病院での注射とかは仕方ないにしても、叩いたりっていうのは絶対にやりたくないんだ。



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