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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百四十六 千早編 「公園の幽霊」

お風呂の後はまた、いつも通りの過ごし方だった。僕の膝に座って沙奈子は人形の服を作っていく。今回も沙奈子が作った小さい方の人形の服を渡してあるから、玲那はそれの出品作業で忙しそうだった。


冷静に客観的に見ると、不思議な光景だなって思った。僕以外のみんなが何か熱心に作業をしてる。何となく僕だけ何もしてないような気がしてちょっと申し訳ないような気がしてしまった。しかも、今期、僕は定期昇給がなかった。会社に対して反抗的な態度をとったとかで査定に響いたらしい。相変わらず地味な嫌がらせをしてくる会社だと改めて思ったけど、僕が家計の足を引っ張ってるような気分になりそうにも感じた。なにかいい転職先が見付かればいいんだけど、今のところその気配もない。


定期昇給がなかったことについては、絵里奈には正直に話した。何しろ僕の奥さんだからね。


いたるさんが悪いんじゃありません。気にしないでください』


って言ってくれた。その上で、玲那にも包み隠さず話した。


『やっぱり私の所為なのかな…』


と悲しそうな顔をした玲那に、僕と絵里奈は、


『そんなことないよ。会社がおかしいだけだよ』


と応えた。その時は『ありがとう』って分かってくれた感じだったけど、内心ではやっぱり気にしてたんだと思う。玲那が熱心に作業してるのは、そういうのも影響してるんだろうなとも思った。自分が頑張らなきゃって思ってるんだ。だけど、玲那だけが頑張るっていうのも違う気がする。僕たちは家族なんだから、誰か一人に頑張らせてっていうのは違うんじゃないかな。


千早ちはやちゃんの家庭が、千早ちゃんだけが家事を頑張ってる形になってるのは、本来なら好ましくない状態なんだって僕も思ってる。それでも一時的にはそういう形を取らざるを得ない状況だっていうのも分かる。一時的にそういう形をとってでも持ち堪えて、その上でいずれはお姉さんたちやお母さんにもちゃんと協力してもらえるようになるのを目指してるんだ。何年かかるか分からないけど。実現するかどうかも分からないけど。


その一方で、波多野さんや田上たのうえさんの家庭は、今はまだそれを目指すことすらできない状態みたいだ。状況を変える糸口が見付かっていないし。


でも僕たちの家庭はそうじゃない。お互いに支え合うっていうのができる状態だ。だからそうする。そうしないとたぶん、波多野さんの家庭みたいになるっていう予感がある。もし僕たちがそんな風になってしまったら、波多野さんのことを支えるどころじゃなくなってしまう。それは嫌だ。千早ちゃんや波多野さんや田上さんのことを支えるためには、僕たちは幸せでなくちゃいけないんだ。他の家庭のことまで考えられる心の余裕がなくちゃいけないんだ。


特に、『加害者の家族だというだけで家庭が滅茶苦茶になってしまう』っていうことについては、僕たちはまさに当事者だから。滅茶苦茶になってしまわないように僕たちは努力しないといけないとも思うから。加害者の家族だというだけで攻撃して滅茶苦茶にしてやろうという悪意とたたかわなくちゃいけないから。


それに、波多野さんも田上さんも、二人がそういう不幸の連鎖から少しでも距離を取れてるのがせめてもの救いなんだろうな。二人が救われてることで、辛うじて希望が残されてる感じなのかもしれない。


波多野さんのご両親は、完全に耳も塞いで差し出された手も拒んで、自ら不幸に落ちていってるんだと思う。田上さんの家庭もそうなりかけてるのかも知れない。聞く耳を持たない状態の人に手を差し伸べるのは本当に難しいんだなって僕も感じた。


僕が今こうしてられるのは、あの日、公園で出会った塚崎つかざきさんに救いを求めたからだ。しかもその塚崎さんが本当に素晴らしい人で、熱心に、だけど決して押し付けがましくならないように細心の注意を払ってアドバイスしてくれたからだ。だから僕は、少しは他人の話を聞いてもいいかなって思えたんだって気がしてる。そういう意味では、僕と沙奈子にとっての一番の恩人は塚崎さんなんだろうな。


だけど塚崎さん自身はあくまで自分の役目を果たしたっていうことでしかないみたいだ。お礼をしようとしても決して受け取ってくれないし、


『沙奈子さんを大切にしていただければ私たちの手も煩わされずに済みますから、恩返しがしたいということでしたらそれが恩返しだと思ってください』


ってあの柔らかい笑顔を浮かべてきっぱりと言われたんだ。


とその時、僕はふと思い出していた。塚崎さんと出会うきっかけになったあの公園での出来事。明らかに虐待を受けてるって感じのあの子のことは、その後どうなったんだろう。塚崎さんに聞いても、『私たちもまだ探しているところなんです』って言うだけだし。


ただ、あの公園の幽霊の噂は、いつの頃からかほとんど聞かなくなった。僕が覚えてる限りで最後に聞いた噂によると、その幽霊の供養のために公園内に小さな祠が作られて、それ以来現れなくなったって会社で同僚たちが話してたけど、もしそれが本当なら本物の幽霊だったってことになるのかな。いや、さすがにそれはちょっと……。


だけどあの子が幽霊じゃないのなら、今でも保護されていないのか、それとも人知れず亡くなってるってことも考えられるしで、それならいっそ幽霊だったってことにした方がまだ気が楽なのかなっていうのも分かる気がする。


あの塚崎さんが見付けることもできないなんて、尋常じゃないとさえ思った。


けれど、世の中にはまだまだそういう風に救いの手から零れ落ちてしまってる子供たちがいるのも事実なんだろうな。だって、実際にそういう事件が今もニュースになってるらしいし。


自分より間違いなく小さくて弱い相手を殴ったりできるのって、どういう感覚なんだろう…?。どうしてそんなことをができるんだろう…?。それを思った時、どうしてもやっぱり千早ちゃんの家庭のことが頭に浮かんでしまう。自分がそういう風にされてきたから、『このくらいだったら大丈夫』って思ってしまうのかもって。


小さな子供と大人じゃ、単純に力比べしたって子供が勝てるわけないよね。子供がじゃれついてきたのを相手してあげるだけでも、大人の方が絶対強いっていうのを子供は感じるよね。それなのにどうしてその上で殴ったりして従わせないといけないんだ?。元々圧倒的に力の差があるはずなのに、そんなことしないと自分が優位だって知らせられないのか?。それは普段からちゃんと子供と接してないからじゃないのかな?。


僕は沙奈子を殴ったりなんてしたいとも思わない。それはもちろんこの子がいい子だからっていうのはあっても、こんな小さな子を大人の僕が殴るってことがそもそも意味が分からないんだ。だってそれは、この子を苦しめてきた大人たちがしてきたことだから。

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