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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百三十九 千早編 「販売実績」

沙奈子の作った人形のドレスが初めて売れてそれが喜ばれて、彼女もすごく嬉しそうだった。そして自分が作ったもので初めてお金を稼いで、それを大事そうにクローゼットに仕舞うその姿を見て、僕もなんだか嬉しかった。この子がこの時の気持ちをいつまででも覚えてくれてたらいいなって思ってしまった。


それは大切なことだと思った。自分のやったことがお金に代わるということを、そうして得たお金を大事に思えるっていうことを忘れないでいてほしいと思った。これが働くっていうことなんだって。


実際にはもっといろいろ複雑で大変なこともあるとしても、これが働くことの基本だっていうのは間違いないと思う、この子が将来どんな仕事に就くとしても、この日のことはきっと沙奈子の根っこの部分になるんじゃないかな。その嬉しさを心のどこかに持ち続けていられたらって。


普通に考えたらこの子にはまだ早いのかも知れないし、現実にはなかなかそう上手くいかないのも分かってるけど、もしそうだったらって思ってしまうんだ。


だから寝る時に聞いてみた。


「自分が作ったものがお金になってみて、どう思った?」


すると彼女は首をかしげる仕草をして、


「ちょっと、恥ずかしかった…。でもうれしいって思った……」


そうなんだ。『恥ずかしかった』っていうのは、なんだかおもしろい感想だなって思ってしまった。この子はそんな風に捉えるんだな。僕がそんなことを思ってると、


「でも、よろこんでくれたのは、もっとうれしかった。もっと上手に作れるようになってもっとよろこんでほしいって思った……」


って、物を作ることの喜びをまた一つ覚えたのかも知れないなとも思えた。




その後、沙奈子の作った服は次々と売れ始めた。そして、この前の土曜日に渡した分は全部売れてしまった。品物の値段を安く設定してたから売上自体はそんなにすごいことじゃないけど、完売というのは立派だと思う。絵里奈の作ったものも順調に売れてて、玲那は毎日、商品の管理や発送に忙しそうにするようになってきた。元々、絵里奈が大学時代にやってた当時の常連さんたちが戻ってきてくれて、しかもその人たちが自主的に宣伝までしてくれてっていうのがあったとしてもすごいと思った。


これは、ひょっとしたらひょっとするかも知れない。星谷ひかりたにさんの言ってたことを本気で検討する必要が出てきたかな。少なくとも確定申告はちゃんとしないと駄目だと思った。そこで金曜日に沙奈子を迎えに行った時に星谷さんに聞いてみた。


「確定申告のやり方を分かりやすく教えてくれる人って知り合いにいますか?」


山仁やまひとさんも確定申告はしてるから聞いても良かったんだけど、こういうことについては星谷さんの方が詳しい知り合いが多いかもと思ったんだ。すると星谷さんは、


「分かりました。心当たりの税理士に当たってみます。手数料はかかりますが代行してもらうこともできますし、作業そのものはそれほど難しいことではないそうなので要領が分かればご自身で行ってもいいでしょう。ただ、慣れないといろいろ不備があったりして後で修正を行わないといけなかったりで結構手間がかかるそうです。だからそれなりの売り上げがあるのなら、いっそきちんと契約して業務委託してもいいかもしれませんね」


だって。星谷さん自身も、特許料収入についてそういう形で確定申告を委託してるらしい。ご両親はそういったことも社会勉強だってことで変に手出しせず、本人にやってもらってるそうだった。やっぱり僕たちとは違うなあなんてことを感じつつも、星谷さん自身の伝手で詳しい人を紹介してもらえることになった。


高校生の彼女の方が手慣れてるというのは少し情けなくても、とにかく必要なことはやらなくちゃ。こういうのも大人として大事なことだよね。しなくちゃいけないのによく分からないことをよく分からないで済ませて無自覚に脱税とかしてる人も結構いるらしいし、脱税って実は割と重い罪らしいし、大人がそういうことをしてたら子供にも『ルールを守れ』って言えないと思った。自分でできないのならお金を払って委託してでもきちんとやらないとね。


こういう時、よく、『正直者が馬鹿を見る』とか言って良くないことをしてる人が得してるんだから自分もちゃんとする必要ないって言ったりする人もいるみたいだけど、僕はそれは違うと思う。それは、自分がちゃんとしたくない言い訳に良くないことをしてる人を利用してるだけなんじゃないかな。ズルいことをしてる人が得してたとしても、僕はそれを羨ましいとは思わない。ズルいことをして得たものを喜びたいとも思わない。そんなことをしたらそれこそ沙奈子に顔向けできない。それは嫌だ。僕にとってそんなのは得じゃない。沙奈子に軽蔑されるようなものは欲しくない。


僕は立派な人間じゃないけど、分かってて良くないことをするような人間ではいたくない。そんなの、沙奈子を捨てて行方をくらました兄と同じだ。そうはなりたくないから。


とまあ、玲那の仕事としての人形の服の販売が動き出しそうな気配の中でも、僕たちはやっぱり平穏でいることを大事にしたいと思った。変に浮かれたりしないで、淡々と対処して、気が付いたら会社になってたみたいな感じでいきたいって。


この日はその話で終わって、家に帰った。帰ってからも玲那は忙しそうにしてて、ようやく落ち着いたのは僕と沙奈子が寝る時間の直前くらいだった。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


忙しそうにしてた玲那に、沙奈子がそう尋ねた。


『沙奈子ちゃんは優しいな~。ありがとう、癒されるよ~』


玲那がデレデレの顔でそう応えた。気持ちは分かるよ。沙奈子にそういう風に言われると自然と顔が緩むよね。


だけど玲那としても作業に慣れてくればもう少しスムーズにできるようになるだろうから、今はそういう時期なんだと思う。まずはミスがないようにしないと。仕事としてやるんなら、信用第一だからね。


もちろん中には困ったお客とかも出てくるとしても、それはこういう仕事をする上では覚悟しないといけないことなんだろう。コンビニのバイトとかでもそういうのに出くわすこともあるって言うし。


そうだよ。生きてる以上は楽しいことばかりじゃないっていうのは分かってることだ。避けられるものはもちろん避けていくつもりだけど、何一つ嫌なことのない人生ってありえないんじゃないかな。だからそういうことがあった時、僕たちはお互いに励まし合って、癒し合うんだ。僕が今の仕事を続けてられるのだってそうだから。ちょっとくらい大変なこととか嫌なことがあったって、僕たちはみんなで乗り越えていく。そのために家族になったんだ。


それを忘れないでいきたいと改めて思ったのだった。



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