三百三十七 千早編 「ご都合主義で終わるために」
無事に惑星開発用のロボットの完成が間に合って無事に助け出されたチャーたちだったけど、実はロボットが完成したというのは嘘で、本当は不具合が出る確率が高い状態で試験が行われたんだって。だから案の定、故障しちゃって、一旦それを地球に戻す時に、チャーたちも『ついでに』連れて帰ったってことだった。
まったく。大人らしいズルいやり方だよね。だけど、『不具合を見付けるための試験ですから』と批判を躱したらしい。それに、もし故障しなくても、試験のために同行したスタッフがいるからチャーたちは少なくとも保護できるわけで、とにかく宇宙船を派遣できればそれで助けられるはずだって。しかも取り残されてた猫たちが無事に帰ってくると『英雄の帰還』ってお祭り騒ぎになって。でも猫たちはそんなの関係ないってほとんどが勝手に飼い主のところに行っちゃって、最後の段階で名目上のリーダー役だったレリーナって子が代表として賞状を授けられるっていうラストだったって。
それでも子供たちがみんな無事に帰れたってことで僕はなんだか胸がいっぱいになってしまって……。
以前の僕ならそんな都合のいいラストなんてバカバカしいと思ってたかもしれない。けど、子供たちが最後まで諦めずにいられたから、諦めずにいられるようにお互いを励ましてたからこその結果なんだと今なら思える。大人のズルさだって、上手く活かせば人を助けることだってできるんだって思える。それをご都合主義だと笑うのは簡単だけど、じゃあ自分はそういう状況になった時に簡単に諦めて死を覚悟できるのかっていう気も、今はするんだ。
まあ、昔の僕ならさっさと楽になりたいって早々に諦めてたかもしれないけどさ。けれど今の僕はそんな簡単には諦められない。沙奈子を守るために、自分が生きるために、みっともなく足掻いてしまう気がする。それが今の正直な気持ちなんだ。だから無事に助かってくれたならそれでいいって思えるんだ。具体的に守りたい人、その人のために生きて帰りたいって思える人がいるからね。
沙奈子が来る以前の僕にはそう思える人がいなかったから、自分のことさえどうでもよかったんだな。そうやってどうでもいいって思ってたら、大きな事件を起こして何もかも滅茶苦茶になってもかまわないって思ってしまうのも分かる気がする。
けれど、今の僕は、今の僕たちはそうじゃない。守りたい人がいて、失いたくないものがあって、大切にしたい幸せがある。そのためには自分のことも大切にしなきゃいけないんだ。僕にもしものことがあったら沙奈子が悲しむから。
その人がいるだけでその人のために生きようと思えるっていうのは、すごいことなんじゃないかな。大事なことなんじゃないかな。
玲那と千早ちゃんのアニメ談義を見ているだけでもそんなことを思えるようになるのもすごいことだって気がするけどさ。
あと、千早ちゃん、少し口が悪くなってきてるって思ったけど、玲那に対してはまあまあ丁寧な話し方ができてたと思う。やっぱり、気を許してる相手とそうじゃない相手とで使い分けができるようになってきてるってことなのかな。いくらアニメのことで気が合うって言っても、千早ちゃんにとっては玲那はまだ『よそのお姉さん』なんだろうな。だけどそうやって使い分けができること自体が大事なんだろうな。星谷さんも、だからあまりうるさく言わないようにしてるのかもしれない。
そうやってアニメの話に夢中になってたりしたものの、スパゲティカルボナーラもすごく美味しくできてた。千早ちゃんにとっても満足の出来だったらしい。そういう訳でものすごく上機嫌だった。カルボナーラも美味しいし、アニメの話もできたし、これ以上ないっていうくらい充実した時間だったみたいだ。こうやって満たされて、そのおかげで家に帰っても気持ちに余裕が持ててる感じかもね。
本当は逆の方がいいんだろうな。外で辛いことがあっても家に帰ったら満たされて癒されてまた頑張ろうって思えるようになるのが一番のような気がする。だって僕がそうだから。沙奈子や絵里奈や玲那がいてくれてるおかげで仕事を続けられてるから。
それでも、今はまだ千早ちゃんの家の状態がそこまでじゃないのなら、家の外でこうやって満たされるしかないっていうのは分かる気もする。千早ちゃんは今、自分の家を、家族を取り戻すためにたたかってるんだ。そのための勇気を、星谷さんが、大希くんが、沙奈子が、僕たちがささえてるってことになってるんじゃないのかな。
自分ではそんなにすごいことをしてる自覚はまったくなくても、結果として千早ちゃんをささえてあげてることになるんなら、これからも続けていきたい。だって、沙奈子の大切な友達だから。千早ちゃんが悲しんでたり苦しんでたら沙奈子も悲しむから。
そうさ。僕のすることはすべて沙奈子のためなんだ。人としてどうとか、道徳がどうとか、本音を言わせてもらえばそんな綺麗事は今だってどうでもいいんだ。だけど僕が誰かを傷付けるようなことをしてその結果としてこの子が悲しんだり苦しんだりするのが嫌だから、そうならないためにはどうすればいいのかっていうことに結局は集約されていくんだ。
沙奈子が悲しんだり苦しんでたりするのは嫌だって想像できるから、それを基にして想像を広げていくことができるんだ。この子がきてから何とかしようと必死にあれこれしてるうちに、いつの間にかそういう風に想像できるようになってた。すべてがこの子を中心にして広がっていった。それは間違いないことなんだ。不思議だな。
ご機嫌なままで帰っていった千早ちゃんたちを見送って、静まり返った二人だけの部屋で、僕は沙奈子を膝に幸せをかみしめていた。絵里奈や玲那と別々に暮らしてるのは残念でも、その中でも幸せを感じることはできてる。いつかまた四人で一緒に暮らせるようになるまで頑張る、たたかう勇気を、沙奈子や絵里奈や玲那が、みんながささえてくれてる。それが幸せじゃないなんて、そんな贅沢言ったら罰が当たりそうだ。
午後の勉強をしてる沙奈子の後姿を見ながら玲那とやり取りをする。それが楽しい。嬉しい。自分が満たされるのを感じる。こんな些細なことで満たされるんだから、本当に随分と遠回りしてきちゃったんだなあって思ったりもする。だけどその遠回りをしたから今があるんだとも言えるわけで、それも不思議だ。人生ってとにかく不思議だ。
玲那の事件を防げなかったことは今でも後悔してる。あんなことはなかった方がいいっていうのは間違いないって思ってる。あの時、玲那を止めてあげられなかったことはすごくすごく悔しい。でも同時に、あれがいろんなことを教えてくれたのも事実だと感じたりもするのだった。




