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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百三十四 千早編 「子供たちの強さ」

この日の山仁やまひとさんの家での集まりでは、やっぱり休日参観の話が中心になった。事件の渦中にいる波多野さんが行っても特に問題が起こらなかった点について、星谷ひかりたにさんから報告があった。僕はそれを言われてようやく、波多野さんが参観に行く意味の重さに気付かされた。


もちろん波多野さんは加害者家族とはいえ同時に被害者でもあるのだからそれをどうこう言う人がいたら僕はそれを恥ずかしい行為だと思う。ただ、そういうことにまるで配慮しない人も確かにいるんだろうっていうのも分かる。なのに波多野さんは、それも覚悟で行ったということだった。


まだ高校生の女の子なのに、すごい勇気だと思った。


とは言え、傍に星谷さんもいるし、何より星谷さんの分析により、あの学校でならおそらく問題ないと判断した上でのことだったらしいけど。千早ちゃんから学校内の様子のことは逐一報告を受けてて、波多野さんのお兄さんの事件のことについてはそれほど騒ぎになっていないことを確認したとも言ってた。だから、波多野さんのことを心配する山仁さんを説得して代わりに行ったんだって。そういうことまできちんと考えていってたんだな。


なんだかもう、行き当たりばったりな自分がすごく恥ずかしく思えた。しかも、参観に行く直前に絵里奈と…。うう、恥ずかしい……。


「どうかなさいましたか?。もし熱とかあるんでしたら無理をなさらない方が」


不意に星谷さんにそう声を掛けられて、自分の顔が真っ赤になってたことに気付いてしまって、僕は「あ、だ、大丈夫です!」と慌ててしまった。それがまた恥ずかしくて。まったく、何やってるんだろ。


でも、ここにいる誰も、そんな僕のことをからかったり馬鹿にしたりしなかった。そういう些細なことをきっかけにして幸せが壊れるんだっていうことを知ってるからだと思った。テレビで芸人とかがやってる『イジリ』とかいうのの真似をして他人をからかったり馬鹿にしたりっていうのが結局はイライラの始まりにもなるっていうのを僕も感じてた。芸人とかがやってるのは、お互いにそういうやり取りをすること分かった上でやってるんだろうからね。


それに、芸人同士でなくても、本当に気心の知れた者同士ならただのレクリエーションで済む場合はあったとしても、上辺だけの友人とか、上辺だけの関係じゃなくたって普段からすごく砕けた部分で突っ込んだ話ができるほどでないとどこまでやっていいのかっていうのが掴めないと思うんだ。僕が玲那にからかわれても平気でいられるのは、相手が玲那だから、僕を馬鹿にするためにやってるんじゃないっていうのが分かっているからだし。


その点、僕と星谷さんたちとは、上辺だけの友人じゃないにしても、絵里奈や玲那に比べたらずっと他人に近い存在だから、やっぱり、どこまで踏み込んでいいのか、ふざけて大丈夫なのか、そこまではお互いに分かってない部分があると思う。そういうところをちゃんとわきまえてくれてるんだ。『親しき仲にも礼儀あり』っていうのは、こういうのを言うのかも知れない。


自分では親しいつもりでも相手が本当はどう思ってるかなんて分からないし、一口に『親しい』って言ってもいろんな段階があるだろうから、そういうのはわきまえないといけないっていう先人の教えだって気がした。


そんな感じで今回はちょっといたたまれなかったりもしたけど、会合自体はスムーズに終わって、7時過ぎには家に帰ってた。今日は、沙奈子と一緒にお風呂に入るのは僕の方がなんだか恥ずかしかった。


でもなるべくそういうのを気にしないようにしていつも通りにして入った。なのに沙奈子に、


「…お父さん、どうかしたの?」


って聞かれてしまった。普通にしてるつもりだけど実際にはできてないんだなっていうのを感じてしまった。


「ああ、大丈夫。なんでもないよ」


そう、大丈夫なのも何でもないっていうのも嘘じゃない。僕が変に意識してしまってるだけだから。たぶん明日にはもういつも通りに戻ってると思う。ただ、もし、この子を不安にさせてるのなら申し訳ないなと思った。


幸い、お風呂から上がった後は割と平然としてられたからか、沙奈子も特に気にしてる様子もなかった。僕の膝の上で、果奈の方に着せるような小さい人形の服を黙々と作ってた。昨日までに作った分は、絵里奈に渡してある。ビデオ通話の画面の向こうでは、それを玲那が写真に撮ったりしてるのが見えてた。リビングの奥に、小さなスタジオみたいなのを作って電気スタンドでライトを当てて、なんだかけっこう本格的な感じであの一眼レフのデジタルカメラで写真を撮ってた。なるほど綺麗な写真が撮れるわけだと思った。


その作業をしてる玲那の顔は、真剣そのものだった。もう既にきちんと仕事としてやってるんだっていう印象もあった。再就職が上手くいかなかったらこれで食べていくしかないっていう覚悟も見えた気がした。商品を作ってるのは絵里奈と沙奈子でも、それを売るために働いてるのは玲那なんだなっていうのも感じられた。作られた商品がこうしていろんな人の手を介して消費者の下に届くんだっていうのを改めて見た気もした。僕もその一部分を担ってるはずなのに、会社で仕事してるだけだと実感ないなあ。


沙奈子も、こういうのを見て、自分が手にする品物がたくさんの人を手を通してるんだって知ってほしいとふと思った。どこの誰かも知らない、名前も知らないたくさんの人の力があって僕たちはこの便利な生活ができてるんだっていうのを分ってほしいと思ってしまった。そうして、どこの誰かも知らない、名前も知らない人に対しても感謝ができる人になってほしいって。


感謝しろって頭ごなしに命令するつもりはないけど、自分が手にしてるものは誰かの力があってのものなんだっていうことに。


こういう意味でも、人間は一人では生きていけないんだと思う。沙奈子はすごく優しい子だけど、こういうことも知っててもらえればもっと大きな器を持った優しさを身に着けてくれそうな気もした。たくさんの人に感謝できて、たくさんの人を思いやることができて。そういうのが自然とできる子になってほしいと思った。その上で、苦しいことがあっても辛いことがあっても自分と大切な人を守って幸せを掴み取っていける人に。


そうだ。誰かに助けてもらうことを期待するだけじゃなくて、自分の置かれた状況をよく見てよく考えてそしてそれを解決していける人になってもらえたら。そうしたらもう、心配要らないんじゃないかな。ああでも、さすがに高望みし過ぎかな。


だけど何となく、何の根拠もないけど、沙奈子ならそれができそうな気がしないでもないんだ。大人しくて儚げで守ってあげたくなる感じに見えても、この子にはどこか強さも感じるから。


それが沙奈子なんだって、僕は思ったのだった。

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