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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百三十三 千早編 「ギスギスとイライラ」

千早ちゃんだけでなく、お姉さんの千歳さんが背負ってるものの大きさを考えると、僕はいたたまれない気持ちになる。もちろん良くないことをした部分は擁護できない。だけど、そうなる原因が間違いなくあったことは事実だと思った。


そして、千早ちゃんのお母さんも、同じように虐待を受けて育ったらしいということも分かったんだって。しかもその頃は今より虐待に対する理解も浸透してなくて、『躾』の一言で済まされてしまってたらしい。児童相談所さえ動くことがなくて、誰も助けてくれなくて、それでも千早ちゃんのお母さんは何とか生き延びて、自分で家庭を持とうとしたけど、結局は自分がされたのと同じことを千歳さんにしてしまったらしかった。


僕が、自分の両親にされたことを沙奈子に対してしなくて済んでるのは、間違いなく塚崎つかざきさんや山仁やまひとさんに出会えたからだと思う。どうすればいいのか分からなかった時に、道筋を示してくれた人がいたから、僕は両親を同じことをしなくて済んだんだ。


それは、僕の努力じゃない。本当にたまたま運が良かっただけでしかない。僕は周りの人たちに助けてもらっただけだ。だから僕は、腹は立つけど、千早ちゃんのお母さんを責める気にもあまりなれない。もし僕と同じ出会いがあったらそうはならなかったかも知れないと思うから。


それでも、こっちに引っ越してきてからは、千歳さんは大きな事件は起こしていないってことだから、それだけが救いかも。とは言っても、千早ちゃんに対する暴力は続いてたそうだから、単純に良かった良かったでは済まなかったとは思うけど。


そんな状況が、今では大きく変わってきてるみたいなんだ。もちろん完璧な素敵な家庭ってわけじゃないにしても、とにかく暴力については収まってるって、千早ちゃん自身が言ってるってことだった。千早ちゃんが率先して、しかも楽しそうにご飯の用意をしてくれるから、毒気を抜かれた感じなんだろうか。家族がお互いにイライラして文句を言い合ってたら確かにカッとなることも多いと思う。そういうことがなくなるだけでもすごく大きいのかもって、絵里奈と沙奈子のオムライスを食べながら感じた。


「おいしい?」


沙奈子がそう言って僕を見上げてたから、「美味しいよ」って笑顔で答えた。自然とそうできた。すると彼女の表情もふわっとした感じのになった。


この子が『おいしい?』って問い掛けてくれたの僕がを無視したり文句ばっかり言ってたら、こんな表情にはならないと思う。僕がイライラしてないから沙奈子も落ち着いてられるし、安心できるし、僕が他人を罵ったりしないからこの子もそんなことをしなくて済んでるんだと思う。千早ちゃんの家庭が変わってきてるのも、こういうことなんじゃないかな。千早ちゃんが星谷ひかりたにさんや大希くんや沙奈子に大切にしてもらえて気持ちが落ち着いて、しかも家庭の中の誰よりも上手に料理ができるっていう自信がイライラを和らげて、お姉さんたちやお母さんのイライラを受け流すことができるようになったのかなって。


これまではずっとイライラに対してイライラで返してたのがそうじゃなくなって、家庭の中のイライラがすごく減ったんじゃないかなって気がする。今、僕が沙奈子や絵里奈と一緒にいる時に感じているものを当てはめてみたら、そうなんじゃないかなって思えるんだ。


沙奈子と絵里奈と玲那が僕を受け入れて支えてくれてるのを感じるから、僕も無理せずみんなを受け入れて支えようって気になれるんだ。お互いにそうだから、僕たちはこんなに穏やかな気持ちでいられてる。それと同じことが、千早ちゃんの家庭の中でも起こり始めてるのなら、何よりなんじゃないかな。


それを始めたのが一番幼い千早ちゃんだっていうのは少し情けなくても、まずは千早ちゃんが傷付かずに済むようになるのが先決なんだろうな。そしていつか、たとえ何年後何十年後でもいいから、あの子の家がこんな感じになってくれたら嬉しい。難しいかも知れないけどさ。


美味しいオムライスを食べ終わって、僕と沙奈子と絵里奈は顔を見合わせて、


「ごちそうさま」


って手を合わせた。こんな当たり前の挨拶を自然とできることが嬉しかった。ギスギスしてイライラした気分じゃできそうにないから。


『そろそろお開きにするね』


昼食の後で沙奈子の午後の勉強をしてる時、玲那からそうメッセージが届いた。そうか、今日はここまでか。


正直言って寂しいけど、僕たちはちゃんと幸せを感じることができてる。また次の土曜日には顔を合わせることができる。それを心待ちにできるというのは、僕たちの関係が上手くいっている証拠だと思う。顔も合わせたくない家族だったら、こんなこと思わないだろうからね。寂しいって思えるのがむしろすごいんだ。


玲那がカラオケ店を出るっていうことで、絵里奈も部屋を出ることになった。バス停で合流するためだ。僕と沙奈子は部屋の中で見送る。バス停まで行きたいと思うのはあっても、今はまだ万が一っていうのを思うと油断はできない。沙奈子を守るためにね。これは、玲那の提案なんだ。


「いってらっしゃい」


「いってきます」


玄関でそうやり取りして、僕と沙奈子で絵里奈に『いってらっしゃいのキス』をして、送り出した。出張に行くのを見送るみたいに。離れて暮らしてても、絵里奈と玲那の家はここだから。


沙奈子も真っ直ぐに絵里奈を見詰めて手を振ってた。泣いたりはしなかった。またいつか帰ってきてくれるのが分かってるからね。


玲那とのメッセージアプリは繋いだままにしてるから、バス停で絵里奈と合流したことも写真付きで送ってきた。秋嶋あきしまさんたちの姿もあった。みんな穏やかな顔をしてて、玲那のことを温かく見守ってくれてるんだっていうのがすごく伝わってきた。それがまたすごく嬉しかった。


『バスに乗るよ~、じゃまたね~』


今日は結局、玲那と直接は顔を合わせられなかったけど、それでも僕はすごく彼女のことも身近に感じてた。傍にいるんだっていうのを感じてた。友達と会って楽しめたのはいいことだと思う。僕はそういう風に騒いだりするのは苦手でも、玲那がそれを楽しめて発散できるなら必要なことだって思える。彼女の楽しみ方も尊重したい。


四十分ほどして『着いたよ~』ってメッセージがあったからビデオ通話の方をONにした。テレビの画面に、手を振ってる玲那の姿が映った。後ろの方には絵里奈がメイクを落としてる姿も映ってた。よそ行きの顔から僕たちだけに見せる顔に戻るってことなんだろうな。すると玲那も場所を移動してメイクを落とし始めた。テレビの画面の中で、女性が二人黙々とメイクを落としてるっていう少しシュールな光景が続いてたけど、細かいことはまあいいか。一緒にいたらどうせ目にする光景だからね。


それになんかこういうのも『日常』って感じがして僕はホッとしたのだった。



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