表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
331/2601

三百三十一 千早編 「傷害事件」

千早ちはやちゃん、大希ひろきくん、星谷ひかりたにさん、波多野さんとは山仁やまひとさんの家の近くで別れて、僕と沙奈子と絵里奈はそのままアパートへと帰った。お昼を食べるためだ。


今日は、せっかくだから久しぶりに絵里奈と沙奈子の二人でお昼を作ることになった。玲那はカラオケ店で食べてくるらしい。メッセージアプリを繋ぎっぱなしにしてたけど、楽しげなメッセージが次々入ってた。さすがに学校にいる間は時々チェックはしてたけど返信はできてなかったから、家に帰ってきてこれからお昼にするっていうのを伝えておいた。するとすぐに、みんなで楽しそうに盛り上がってる写真付きで、


『こっちはお昼終わって後半戦突入で~す』


とのメッセージが返ってきた。楽しんでるなら何よりだ。こうやって発散することも必要だと思う。


その間にこっちは、久しぶりの母と娘の料理ってことかな。あまりゆっくりはできないからオムライスになった。沙奈子が好きなあのスーパーの中の喫茶店のオムライスを再現しようと絵里奈はいろいろ試してたらしい。それでかなりいい感じに作れるようになったから沙奈子にも教えてあげようということだった。


二人でキッチンに立って仲良く料理をしてる姿は、やっぱり良かった。これが我が家の本来の姿なんだなって思えた。まだ時間はかかるかもしれないけど、また一緒に暮らせるようになったらこの光景が当たり前になってくれるのかな。そうなるように僕たちは頑張らなくちゃいけないと改めて思った。


それにしても、絵里奈と二人きりだと思ったらあんなに気持ちが昂ったのに、沙奈子が一緒にいるだけで全く気分が違ってしまう。あの時の僕と絵里奈は『夫婦』だったけど、今は沙奈子と合わせて『親子』なんだな。すごく不思議だ。


沙奈子にもやってもらいながら、絵里奈は手際よく三人分のオムライスを作ってしまった。僕はその間、二人の様子を見ながら玲那ともやり取りしてた。楽しそうな様子が伝わって来る。それを見てるだけでちょっと込み上げてくるものがあった。ほんの何か月前はこんな感じだったのになって思ってしまったりもした。ああ、だけどそれを嘆いても仕方ない。起こってしまったことは消せないんだ。それに僕たちは、今の状態でも十分に幸せを感じることができる。欲張ればキリがないけど、与えられた状況の中で幸せを掴むことは不可能じゃないんだっていうのを僕たちは知った。それを大切にしたい。


そうか、千早ちゃんのところもそうなんだ。完璧な幸せ、完璧な家庭を望めば千早ちゃんだけが頑張っても到底無理だと思う。それでも、千早ちゃんにできる範囲で手に入る幸せもあるんだと思えばそれを目指すことは無駄じゃない気がする。


星谷さんが言ってた。千早ちゃんのお父さんはお母さんだけに働かせて自分はパチンコばかりしてる人だったって。それでもせめて家のことでもしてくれればまだしも、家でも千早ちゃんのお姉さん二人を召使いみたいにして働かせて自分は何もしなかったって。それで、『男はこうやってどしっと構えてりゃいいんだよ!』とか偉そうにしてたらしい。


千早ちゃんのお母さんはそんなお父さんとケンカばかりしてて、それでとうとうある日、包丁を持ち出してそれをお父さんに突きつけて、


『この家から出て行くかここで死ぬか、どっちかを選べ!!』


って迫って、それでお父さんは出て行ってしまったってことだった。するとお母さんは、


『私があんたらを守ってやったんだから感謝しな!、だからあんたらも家のことをするんだよ!』


とか、近所の人にまで聞こえるくらいの大声で言って家のことをお姉さんたちにやらせるようになったって。しかもお父さんを追い出したことで何か吹っ切れてしまったのか、家の中での態度が完全にお父さんのそれと同じになってしまったって話だった。近所にまで聞こえてくる怒鳴り声の内容が、お父さんの声からお母さんの声に変わっただけでほとんど同じものだったって。


これは、星谷さんが探偵に依頼して調べてもらったことらしい。話を聞いただけで僕も頭がおかしくなりそうなくらいに腹が立った。どうしてそれが警察沙汰にならなかったのか不思議なくらいだった。だけど星谷さんは、その上でさらに一番上のお姉さんの千歳ちとせさんが関わったっていうある傷害事件を調べて、千早ちゃんを守ることでしかこの家庭は救えないと思ったそうだった。


その事件は、僕でも聞いた覚えがある。関東の方のある小学校で、イジメを受けてた六年生の女の子がイジメ加害者の女の子にカッターナイフで切りかかって重傷を負わせたって事件だった。僕でも覚えてるくらいだから当時は結構な騒ぎになってたと思う。それに、千早ちゃんのお姉さんの千歳さんが関わってたって。しかも、イジメグループのリーダー格として。怪我をしたのは千歳さんが率いてたイジメグループの女の子だったらしいけど。


だけどその時、ネットとかで一番攻撃を受けたのは、イジメを受けててそれに耐えきれなくなって逆襲した女の子だったと星谷さんは言った。その女の子に対するイジメは相当のものだったらしいのに、結局、最終的に表沙汰になった事件の加害者ってことになってしまったその女の子が一番の悪者として殺害予告まで出たってことだった。


それを聞いて僕は、玲那の時と同じだと思った。それまでずっととんでもない目に遭わされてきたのに、最後の最後に耐え切れなくなって事件を起こしてしまったことで悪者にされて、正義の名の下に徹底的に攻撃された。


もちろん、イジメられてきたからってイジメ加害者にカッターナイフで切りかかったその女の子も、十歳だった頃の自分に売春を強要してきた実の父親を包丁で刺してしまった玲那も、良くないことをしたと思う。だからそのことについては罪を問われるのも仕方ないと思う。でも、その女の子や玲那だって、そこまで追い詰められなかったらそんな事件だって起こさなかったんじゃないのか?。そんな目に遭わされてる人がいるのに見て見ぬふりしてた周りの人たちには、本当に何の責任もないのか?。僕はそれが納得がいかないんだ。


沙奈子が千早ちゃんにきつく当たられた時、僕はそれを見て見ぬふりなんてできなかった。だから学校に相談した。そしたら学校も見て見ぬふりしないで、ものすごく丁寧に対応してくれた。その結果が、今の沙奈子と千早ちゃんの関係なんだと思う。


千早ちゃんのお姉さんが関わったっていうその事件だって、玲那の事件だって、もっと早くにちゃんと対処していたら起こらなかったんじゃないのかって、僕はどうしても思ってしまうんだ。


どうしたらそんなことにならずに済んだのか、考えずにはいられなかったんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ