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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百二十九 千早編 「二人きりの時間と参観」

玲那にそういう話を振られて舞い上がってしまった僕たちだけど、それ自体が大事な話だというのは分かってた。そういうことから目を背けてて見ないふりをして間違いを犯してしまったら僕たちはきっと後悔する。だからこういうこともきちんと話し合っておかないといけないと思った。


ただ、さすがに照れくさいけどね。しかも沙奈子の前だと無理そうだ。できるとしても10年くらい後になってかなあ。


とそんなこんながあって、絵里奈と玲那はこっちに来るために準備を始めた。例のばっちり別人メイクで変身して、「じゃ、今から行きますね」って。


絵里奈はこの部屋に来るけど、玲那は秋嶋さんたちとカラオケ店で待ち合わせだって。


「ただいま」


「おかえり」


四十分ほどして絵里奈が部屋に来た。ううん、帰ってきた。久しぶりの『帰宅』だった。顔を合わせると、さっきの玲那の話が頭をよぎって二人とも顔が真っ赤になってしまった。そしてそのまま抱き合って唇を重ねた。そうしたら何だかすごくたまらない気分になってきてしまって、絵里奈もすごく艶っぽい目で僕を見てくるから、つい……。


ほとんど服も着たままで30分ほどで何とか落ち着けたけど、冷静になって二人して「なにやってんの…」って。


キスしちゃったから絵里奈は急いでとにかく口紅をまず直して、服も直して、僕たちは急いで学校に向かった。こんなことしてそのまま学校に行くとか、これは後から思い出したら身悶えするやつだなと道々考えてしまってたのだった。


いやほんとに、いくら沙奈子も玲那もいないことなんて滅多にないからってなんなんだろうなあ。


「あの…、匂いとかしてないですよね…?」


学校の校門を入る時に絵里奈が耳打ちしてそう聞いてきた。言われて思わず匂いを嗅いでみたけど、たぶん大丈夫だと思う。もう6月だし気温も高くなってきてて早足で歩いてきたから少し汗ばんでしまってるし、多少、汗の臭いとかしててもそれは仕方ないんじゃないかな。


二人して何となく気まずいものを感じながらも沙奈子の教室に向かった。さすがに誰も僕たちのこととか気にしてなかった。それよりも、教室に着いて窓の外から覗き込んだ時に嬉しそうに目を細めてくれたのを見て、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。来るのが予定よりも30分ほど遅れちゃったっていうのもあって。


沙奈子自身はすごく真面目に授業を受けてた。それを確認した後で何気なく教室を見回してみると、大人びたスーツを着込んだ星谷ひかりたにさんの姿があった。千早ちはやちゃんの保護者代わりとして来てるんだと思った。だけどその隣にはジャージを着た波多野さんの姿まであった。二人も僕たちに気付いたらしくて会釈してきたから僕と絵里奈も会釈で返した。波多野さんがいることには『何で?』と思ってしまったけど、代わりに山仁やまひとさんの姿がなかったから、もしかして、夜に仕事をしてて昼は寝てる山仁さんの代わりかなと気が付いた。


そうだ、波多野さんはもうずっと山仁さんのところに居候してる状態なんだ。しかも、波多野さんが以前言ってたとこによると、彼女のご両親からは生活費とかもらってないらしい。そういうのであれこれ言わない代わりに友達の家に連泊するのを許してもらってる形になってるって。


だけど正直、それっておかしくないかなって僕も思ってしまったりした。友達の家に連泊してるなんていうのはただの言い訳で、実際には生活の全てを面倒見てもらってる状態の居候だって波多野さん自身も言ってた。だから山仁さんの家の掃除とかも手伝ったりしてるって。さすがに学費とかはご両親に出してもらってるらしいけど、食費とかは完全に山仁さんの持ち出しらしい。


たぶん、そういうこともちゃんとできないくらいに追い詰められてるんだろうなっていう気はする。星谷さんが手配した弁護士さんがいろいろと対処はしてくれてるそうでも、かなり大変な状況だとも言ってた。だから山仁さんはご両親の負担を少しでも減らせればってことで波多野さんを預かってるそうだった。


そういうことを考えると、山仁さんの代わりに参観に来るぐらいのことはどうってこともないのかも知れない。しかも、波多野さん一人だといろいろ気まずかったりするかも知れなくても、以前からずっと千早ちゃんの保護者代わりとして学校に来てる星谷さんがいれば心強いだろうし。後で聞いたことだけど、波多野さんの方から『あたしが参観行くから、小父さんはゆっくりしててよ』って申し出たんだって。これも一つの助け合いってことなんだろうな。


千早ちゃんと大希ひろきくんは今年も同じクラスだったから僕はホッとしてた。担任の上谷かみや先生はまだ若くて去年までは副担任をしてて、今年が初めての正担任なんだって。だけどみんな落ち着いて静かに授業を受けてた。算数だった。


そのまま何事もなく順調に授業は続いて終業のベルが鳴ると、


「はい、授業はこれで終わりです。それではお片付けを始めてください。保護者の皆様方については、この後の大掃除へのご協力をお願い申し上げます」


と言って、上谷先生は丁寧に頭を下げた。僕たちもつられて頭を下げる。


あれ?。そう言えば今日は大掃除だからってことで汚れてもいい服装でって言われてたから僕たちも普段着で来たんだけど、ばっちりスーツで固めた星谷さんはどうするつもりなんだろと思ったら上着を脱いでブラウスになっただけで、そのまま大掃除に参加するつもりらしかった。って、もしかしてそれが『汚れてもいい服装』ってこと?。う~ん、さすが僕たちとは感覚が違うってことなのかなあ。


呆気に取られてる僕たちのところに、沙奈子がやってきた。


「ありがとう…」


参観に来てくれてありがとうという意味だと思った。だから「どういたしまして」って絵里奈と声を合わせて応えた。ちょっぴり後ろめたかったりもしたけど、今さら仕方ないもんな。


見ると、千早ちゃんと大希くんは星谷さんと波多野さんのところに行ってた。星谷さんが千早ちゃんの頭を、波多野さんが大希くんの頭を撫でてた。四人とも笑顔ですごくいい雰囲気だった。親子とまではさすがに見えなくても、仲のいい家族なんだろうなっていう風には見えた気がする。


掃除の分担が説明されて、生徒は女性と一緒に草むしり。男性は学校の敷地内の側溝を担当してくださいと説明された。コンクリート製の側溝を開けるのにはそれなりに力がいるからってことだった。あまり体力には自信のない僕でも、さすがに絵里奈よりは体も大きくて力もあるし当然かなとは思った。ただ、身長は僕と変わらない上に、見た目には何かスポーツをやってそうにも感じる波多野さんの方が僕より強そうな気がしないでもなかったりしたけどね。


それでもとにかく、それぞれの分担に従って大掃除は始まったのだった。



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