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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百二十五 千早編 「僕の実感」

「お~、これもおいし~い!」


千早ちはやちゃんが、自分たちで作ったドリアを一口食べて、嬉しそうに笑った。


「今夜はこれでいってみよ~!」


今夜の石生蔵家のメニューはドリアか。順調にメニューが増えていってるんだな。


もし、千早ちゃんのお姉さんやお母さんがただ彼女のことをいいように利用してるだけだったら、こんなに楽しそうにはできない気がする。千早ちゃんが望んでた感じに、優しいお姉さんやお母さんになりつつあるのも知れないって気もする。その『優しさ』っていうのが世間のほとんどの人が思い浮かべるような感じじゃなくても、自分のことを叩いたりせず、料理を美味しくできたら素直に『美味しい』って言ってくれるだけでも、千早ちゃんにとっては大きな意味を持つのかも知れない。


千早ちゃんが辛いわけじゃないのなら、家族の在り方としてはそれはもうそれぞれの家庭の問題なんじゃないかな。これまでの虐待について罪を問おうとしても、すでに千早ちゃん自身にそのつもりがなさそうだし。


そうだ。彼女が望んでるのは、お姉さんたちやお母さんが優しくなってくれることであって、罰してもらうことじゃないんだと思う。もし罰して欲しいって願ってるんなら、星谷ひかりたにさんが黙って見てるはずがないだろうから。


そういうことなんだな。千早ちゃんも、波多野さんと似た立場なんだ。事件の被害者であると同時に、加害者の家族でもある。お姉さんやお母さんが虐待事件の加害者として逮捕とかされてしまったら、彼女の家は滅茶苦茶になってしまう。それは千早ちゃんにとって必ずしも好ましいことじゃないって僕も感じる。星谷さんもそれを考えたんだろうな。


玲那の事件での僕たちや、波多野さんの家庭を見て、なおさら実感したのかも知れない。事件化することだけが解決方法じゃないって。


千早ちゃんにとって良い結果が得られるのなら、そういうのもありなんだって。こういうことが表沙汰になると、また、正義を掲げる人たちが彼女のお姉さんたちやお母さんを攻撃しそうだ。それを千早ちゃんが望んでるかどうか考えもせずに。ましてやこの場合の個人情報って本来は被害者であるはずの彼女自身の個人情報でもあるわけだから、それが晒されたりしたら千早ちゃんが晒されるのと同じだし。


正義を騙ってる人たちって、そういうことまで考えてないんだろうな。考えてたらできることじゃないと思う。だって実際、波多野さんは被害者の一人なのにいまだに個人情報が晒されてるらしい。晒してる人は加害者であるお兄さんを晒してるつもりかもしれないけど、それは波多野さんの個人情報でもあるんだ。それを分かってるとは思えない。分かっててやってるなら、それこそどうかしてる。正義を振りかざせば何をやってもいいって考えてるとしか…。


一つの事件をとっても、そこに関わってる人は、関係してる人は、影響を受ける人は、本当にたくさんいる。そして苦しんだり、波多野さんみたいに家庭が滅茶苦茶になって、人生まで滅茶苦茶になってしまう人もいる。良くないことをした人が罰を受けるのは当然でも、ただ血縁があるとか付き合いがあったとかいうだけの人までそんなことになるのが正しいことだとは僕には感じられない。だから事件にしなくても解決できるのなら、その方がいい場合もあるんじゃないかな。少なくとも千早ちゃんの家庭の場合はそれだって思える。


だから僕は、このまま上手くいってほしいと思ってる。誰よりも千早ちゃん自身がそれを望んでる気がする。虐待を受けた本人がそれを許そうとしてるなら、他人がわざわざ横槍を入れる必要はないんじゃないかって感じるんだ。


もし、沙奈子がそんなふうに望んだらどうだろう…?。


僕はたぶん、沙奈子のその願いを尊重する。尊重したい。今だって別にこの子は、実のお父さんやお母さんや、自分に暴力を振るってきた人たちのことを探し出して罰を与えてほしいなんて言ってないし、望んでるようにも見えない。だったら僕が余計なことを言う必要も感じない。たとえそれが、罪を犯した人を見逃すことになるんだとしても。


世間の『正義』はそれを許さないかもしれない。そっとしておいてほしいと思う沙奈子自身を批判し、攻撃するかもしれない。でもそんなことをする人たちを『正義』だなんて、僕は思えない。


沙奈子は言ってた。玲那を攻撃する人たちを見て。


『これが正義なら、私、正義なんてキライ。大キライ』


って。僕もそうだ。そこで何が起こってて、そこにどんな人がいて、どんな思いでいるのかを本当に考えてないそれを『正義』だなんて思わないし、それを正義だって言うんなら、僕もそんな正義は大嫌いだ。認めようなんて思わない。たとえそれが世間のほとんどの人が思ってる『正義』であっても。


だから僕は、善とか正義とかを信用しようとは思わない。玲那や波多野さんのお兄さんの事件を見てて心底痛感した。正義を声高に叫ぶ人の怖さを、危険さを。


もしかしたら昔からそういうのを感じてたのかもしれない。だから僕はヒーローが嫌いだったのかもしれない。自分が思う『正義』だけを妄信して力尽くでそれを実現しようとすることの気持ち悪さを感じ取ってたのかなって。


こんなことを言うときっと僕も攻撃されるんだろうな。『人でなし』とか『犯罪者を庇うのか』とか『人間のクズ』とかって感じで。だから別に言わないよ。普段は言わない。こうやってたまに言いたくなることはあっても、普段からそれを声高に掲げるつもりはない。ただ大人しく静かに物陰に隠れてひっそりとしてるだけだ。小動物として。


その一方で、追い詰められたネズミは猫も噛むって言うし、そういうことがないとは言えないけどね。もっとも、そうやって追い詰められたりなければ噛んだりもしないしそんなつもりは全くないけどさ。


だけど、身近で事件っていうものを経験してみて実感したんだ。


―――――誰が事件を作ってるのか―――――?


ってことも。


だから僕は、家族を追い詰めようとは思わない。誰かを追い詰めようとも思わない。『お前が悪い!』『お前のせいだ!』って詰め寄ったりもしないでおこうと思ってる。だって、それ自体が事件の引き金になることだってありそうだから。ううん、実際にそうやって起こる事件もあると思う。


僕は、嫌だ。


事件が起こること自体が嫌だ。自分がそうやって誰かを追い詰めたことで事件が起こるのも嫌だ。もちろん自分が追い詰められるのも困るけど、自分が誰かを追い詰めて事件のきっかけになるのはもっと嫌だ。


それを間違ってると言うのなら言ってもらって構わない。だけど僕はそれを改めるつもりもない。だってこれは、僕が自分の経験から得た実感だから。他の誰のものでもない、僕の実感だから。



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