三百二十四 千早編 「玲那の話」
沙奈子の作った人形のドレスが出品されたのを見ながら、僕たちは夕食を食べてた。今日もお昼に少し食べ過ぎたからあっさりしたものにしたくてお刺身を買ってそれで食べた。
夕食の後は山仁さんのところに顔を出す。ただ今日はそれこそ特に何もなくて、お互いに顔を見て変わりないことを確認しただけだった。波多野さんも明るい表情をしてたから、僕はホッとした。
家に戻るとお風呂に入る。
お風呂もいつも通りの感じだった。沙奈子は少し恥ずかしそうにしてる感じはまだあるけど、なんだかそれも慣れてきたのかも知れない。でも僕としては完全に慣れてしまうよりも一人で入れるようになってくれたらなと思ったりもする。でも焦らない焦らない。今は体の変化も小さいし、そのせいもあるんだろう。これがもっと本格的に変わってくればさすがに気にせずにいられないんじゃないかな。
まあできればそうなる前に一人で入れるようになってくれるのがありがたいけどさ。それはつまり、過去の痛みや恐怖が和らいでくれればっていう意味だ。
それから、お風呂と言えば、いつかみんなで温泉とか行けたらいいなと思った。そうなるとさすがにメイクバッチリで入るわけにもいかないだろうから今はまだ不安の方が大きい。当分先になる感じだと思う。
そうそう、先と言えば、次の土曜日は、休日参観だった。だから玲那と絵里奈はこっちに来ることになってる。と言っても、実際に学校に行くのは僕と絵里奈のみだけど。
いくらメイクで別人みたいになってると言っても、さすがにそこまでするのはやっぱり不安があった。学校側は大丈夫だとしても、参観となるとどこまで人が来るか分からないし。
それに実は、休日参観の後に生徒や保護者全員で学校中の大掃除をすることにもなってる。それは去年もあったらしいけど、沙奈子が学校に通い始める前だったから僕たちは参加してない。聞くところによると結構、大真面目に掃除するから、なかなか大変なんだって。そういう意味でも玲那に手伝ってもらうのは申し訳ないしというのもある。
だから逆にそれを利用して、僕と絵里奈が参観に行ってる間に玲那は秋嶋さんたちや女の子の友達と一緒にまたカラオケ店でオフ会をするということになった。以前にも同じカラオケ店で集まったメンバーだった。それ以外で知り合いだった人たちの中にはあの事件以降、連絡を絶ってる人もいるらしい。ただそれは仕方ないことだって玲那も分かってるそうだった。もし関わってることを知られたらって思うと怖いんだろうなって。
それでも、秋嶋さんたちは玲那のことを見捨てずにいてくれた。『玲那さんの味方です』って言ってくれた通りだった。女の子の友達の方も、『玲那は玲那だよ』って言ってくれたって。本当にありがたかった。
失ったものや変わってしまったものもたくさんあるけど、逆に得たものや何も変わらなかったものもある。あの事件はそういう影響もあの子にもたらした。
玲那。僕の大切な娘。あの子のこれからの人生が穏やかなものになることを僕は心から願ってる。そのために僕にできることがあるなら力になりたい。
お風呂の後、ビデオ通話の画面の中で楽しそうに百面相してる玲那とメッセージをやり取りしながら、僕はそんなことを考えてたのだった。
そしてもう一人の娘、沙奈子はと言うと、いつもの通りに僕の膝に座って今度は果奈の服作りを始めてた。と言うか、これも出品するための商品らしい。ある程度まとまった数を用意して一気に品数を増やすんだって。莉奈用の服に比べればさすがに早く作れる。そこそこちゃんとしたドレスでも、今の沙奈子なら二日あれば作れてしまう。って、すっかり職人だなあ。
そんな風に感心してるうちに時間は過ぎて、寝ることになった。「おやすみなさい」とみんなで挨拶してキスする仕草をして、僕と沙奈子は一緒に寝た。
翌日の日曜日。今日も千早ちゃんたちは当然のように来るけど、作るのはドリアらしい。僕にはもうどう作るのかさえさっぱり分からないメニューだ。すごいな。
掃除して洗濯して午前の勉強をして、それが終わった頃にちょうど千早ちゃんたちが来た。
「ドリアをどりぁーって作るぞ~」
千早ちゃんがそう声を掛けると、大希くんは右手を高くつきあげて元気に「おーっ!」って、沙奈子も照れ臭そうに「おー」って少しだけ右手を上げて小さな声で応えてた。
ノートPCのビデオ通話の画面から絵里奈が指示を出しつつ、千早ちゃんたちは、さすがにすごく早いってほどじゃなくても慌てたり焦ったりすることなく丁寧に作業を進めていった。
僕は、もう一台のノートPCで玲那とやり取りしつつ、星谷さんともいろいろ話をしながら三人を見守ってた。玲那のスマホやノートPCが戻ってきてからは、こうやって絵里奈とは別々にやり取りもできてた。もっとも、今みたいに別の作業をする場合でもない限りは、一緒だけどね。
星谷さんもすっかり玲那と打ち解けたみたいで、結構きわどい質問もしてくるようになった。拘置所内の様子とか、どんな風に時間を過ごしてたのかって。メッセージでやり取りするから子供たちには見えないし、もし見られたとしても大事な話だからその時にはちゃんと説明しようって、僕も玲那も星谷さんもそう決めてた。
その中で星谷さんが一番関心があったらしいのは、玲那が拘置中に何を感じて何を考えてたのかってことらしかった。
『玲那さんは、拘置中、どんな気持ちでいらっしゃったんですか?』
もってまわらない直球の質問に、最初は僕もぎょっとなったりもした。だけど、当の玲那がその質問を向けられても落ち着いてたから、それを見て僕も落ち着くことができた。
『そうだね…、最初の頃は、『どうしてこうなった?』ってことばっかり考えてた気がする。
どうしてあんな人の子供として生まれてきてしまったのか。とか、どうして死ねなかったのか。って。
でも、だんだん時間が経つうちに、絵里奈や沙奈子ちゃんやお父さんのことが気になってきて、それからはもう、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ばっかり考えて。
会いたくて、会いたくて、だけど顔向けできないって考えてて。
なのにみんなが毎日、接見に来てくれるから、それがまた嬉しくて。
私まだ、みんなに必要だって思われてるんだって感じて。
だから、ちゃんと自分の罪と向き合おうって思えるようになった気がする。みんなのために』
次々と画面上に並ぶ玲那のメッセージを見てるだけで、僕はもうたまらなくなってた。泣きそうになってるのを沙奈子たちに気付かれないようにって、画面ばかりを見てた。
星谷さんは相変わらず冷静な感じだったけど、最後に、
「大変に貴重なお話、ありがとうございました」
と声に出して言って、ものすごく深く頭を下げてくれたのだった。




