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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百二十一 千早編 「このくらいなら。の怖さ」

こうやって実際に千早ちはやちゃんの様子を見てれば、どうやら上手くいってるみたいだっていうのは実感できる。言葉で聞いた上でさらに本人の顔を見て表情を見てってしてるんだからなおさら。あの明るい表情をしてる子が家で暴力にさらされてるとは思えないからね。


確かに無理して明るく振る舞ってる子とかもいるんだろうけど、その辺りは星谷ひかりたにさんが慎重にチェックしてると思う。それに、ほとんど毎日、かなりの長い時間一緒にいるみたいだから、明るく振る舞ってるだけだったら続けられない気もする。ちゃんと普段の様子なんだろうな。


千早ちゃんは、僕たちにとってはある意味、希望の星なんだ。本来の家庭が駄目になってしまった僕たちにとって、駄目なばっかりじゃないっていうのを、場合によっては取り戻せたり直せたりってのもありえるんだっていうのを見てみたいっていうね。


もちろんそれは僕が勝手にそう思ってるだけだからその通りにしなきゃいけないわけじゃない。千早ちゃんに何か責任を負わせるつもりもない。期待してるわけでもない。ただもしかしたらっていうのもあるだけなんだ。


何より単純に、沙奈子の友達が辛い思いをしてるのは嫌だ。それが一番大きい。苦しんでいる千早ちゃんを見て沙奈子が悲しんでいるのを見るのは嫌なんだ。


なんてことを考えてるうちにも食べ終わって、みんな満足して帰っていった。夕方には今度は僕たちの方が山仁さんのところに行くことになるけどね。


お昼の後はやっぱり午後の勉強をして、買い物に行って、それから夕方まで寛いだ。


今日の夕食は、鮭のマリネだった。お昼のミートスパゲッティの量がけっこう多くてそんなにお腹も減ってなかったからあっさりしたものにってことでそうなった。僕は材料やお皿を用意したりするだけで、やっぱり沙奈子がほとんど作った。すごいなあ。


美味しい夕食も終えられて、今日は山仁さんのところへ行く。昨日はさすがに気疲れしてたからお休みしたけど、行かなかったら何だか変な気分だった。物足りないみたいな、何か忘れてるみたいな。すっかり習慣として身に着いてしまったんだろうなって改めて感じた。


「いらっしゃ~い」


千早ちゃんと大希くんの笑顔に迎えられて、沙奈子を二人に任せて僕は二階へと上がった。二階でも、「こんにちは」と迎えられて席に着いた。


でも、今日のところは特に新しい話題もなかった。僕たちの方からは『絵里奈の叔父さんのところに挨拶に行ってきました』とだけ報告させてもらって、『良かったですね』と言ってもらえてさすがに照れ臭かった。今さらこのタイミングだったから。だけど波多野さんにも『おめでとう』って笑顔で言ってもらえて。


早く波多野さんの方も決着がついてほしいって、これまでも何度も思ったことだけど今日も思った。そんなことに煩わされずにただ毎日をのんびりと過ごせるようになってほしいと。


ただ実際には、お兄さんが往生際悪く抵抗を続けたことで、最終的に結審するまでには何年もかかってしまったんだけどね。それによって僕たちは、人が人を裁くことの難しさも思い知ることになったりもした。だからそういう意味でも事件とか起こしたら多くの人が迷惑をして苦しむことになるんだなっていうのも思い知った。うん、法律を破るとこういうことになるっていうことなんだ。こんなことに自分の大切な人を巻き込むとか、やっぱりありえないよな。


普段、どうしても、『このくらいなら』って感じで、決められたことを守らずに法律とかを無視してしまうことは誰にでもあると思う。僕だってあった。その多くは交通法規だったかな。小さな交差点ではついつい信号無視をしたり、歩道を自転車でスピードを出して走ったり、夜に無灯火で自転車に乗ったり、雨の日に傘を差して自転車に乗ったりっていう、本当に誰でもやってしまいがちなことだ。僕は自動車の免許を取らなかったから運転はしないけど、もし、自動車に乗っていたら、ここに駐車違反やスピード違反も加わってたかもしれない。


だけど、それは本当は良くないことなんだよな。『これくらいなら』って勝手に自分で線を引いて、決められたことを無視するっていうのは、全ての犯罪に当てはまることなんだって今では思うんだ。僕はそれが怖いと感じた。


玲那だってそうだと思う。実のお父さんがまた売春グループを作ろうとしてたのを止めるにはこれしかないって自分の勝手な解釈でそう判断してしまって、他に何も考えられなくなってしまったのが原因なんだと思うと、玲那自身がそう言ってた。そこに、十歳の子供だった自分に売春までさせた実のお父さんに対する恨みが重なってしまって……。


結局、何もかも滅茶苦茶になるんだったら、せめて自分は正当なやり方をするべきだったと玲那は言った。結果的に自分の過去まで何もかも晒されるんだから、そのまま警察に相談するなりしてれば、同じ滅茶苦茶になるんだとしても罪を背負うこともなかったはずだって。少なくとも世間に対して堂々と胸を張ることはできたはずだって。あれこれ言ってくる人相手でも、『そんなのあなたには関係ないよね』と言い返すことができたって。


けれど、罪を犯してしまったら、自分の正当性も胸を張って主張できなくなる。『間違ってるのはお前の方だ』って言えなくなる。あんなに実のお父さんに苦しめられてきたのに、ただの可哀想な被害者ではいられなくなってしまう。


そうなんだ。あの事件で、玲那も『加害者』になってしまった。あの子はそれを本当に後悔している。自分のせいで僕たちを悲しませて心配させて苦しめてしまったことを心の底から後悔してる。そのことが、声を失ってしまったのも『罰』なんだってことで自分を納得させる根拠になってしまってる。


声を失ってしまったことを納得してしまってるあの子を見るのが、本音を言うなら僕はとても辛かった。『そんなの罰じゃないよ』って言ってあげられないことが悲しかった。それを罰だと自分を納得させようとしてるあの子を受け入れるしかないことが、本当は嫌なんだ。


でも、事件が起こってしまった以上、そこから生じたことはやっぱり受け入れるしかないとも思ってる。あの子が有罪判決を受けたことも、声を失ったことも、こうやって家族が別々に暮らすしかない現実も……。


すべて、あの事件が原因なんだから。あの事件がなければ、僕だって声を大にして玲那の実のお父さんを罵っていたかも知れない。


『お前が悪い!、何もかもお前のせいだ!!』


って。だけどあの事件が起こってしまったから、それもできなくなってしまった。ううん、してもいいのかも知れないけど、少なくとも僕は胸を張ることはできない。そして、それは玲那も同じだった。


『こういう理由があるんだから、このくらいなら法律を破ったっていいよね』と考えることの怖さを、僕たちは思い知ることになったんだ。



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