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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百二十 千早編 「ミートスパゲッティ」

「お~っ!、おいしそ~!」


出来上がったミートスパゲッティを前に、千早ちゃんは興奮を抑えきれないようだった。


「これなら今日の夜にでもまた作れそう!」


自分の家でもミートスパゲッティを作れそうと思ってテンションが上がってるみたいだ。そうやってお姉さんたちやお母さんに『美味しい』って言ってもらえるのが嬉しいのかも知れない。


それを小学5年生の千早ちゃんがしないといけないというのは、年長者として恥ずかしいことだと思う。だけど星谷ひかりたにさんも言ってたみたいに、できる人がやるのが一番確実なんだろう。他人を支配するためにじゃなく、自分の家庭を守るために。


できない人にやってもらうためには、大変な時間と労力が必要だというのは僕にも分かる。まずできるようになってもらわないといけないから。その点で言えば、千早ちゃんが最もリードしてるんだろうな。山仁さんの家では星谷さんや大希くんと一緒に家の片付けもやってるらしい。だから、千早ちゃん自身の家の片付けも千早ちゃんが始めてるとも言ってた。


それは、都合よく千早ちゃんを家政婦代わりに利用してると考えることもできてしまうかも知れない。だけど実際に千早ちゃんの家庭の場合では、それが一番確実ということなのか。そして、他でもない千早ちゃん自身がそれを望んでる。自分の家を家庭を守るために自分にできることをしたいと思ってる。だからそれができてしまう。


そこからさらに進んでお姉さんたちやお母さんにもそれができるようになってもらうのが理想的なんだろうって僕も思う。だけど現実はそう上手くはいかないことの方が多い。千早ちゃんができてしまうと、それに任せきりになってしまうことの方が圧倒的に多いんじゃないかな。


ただ、完璧ではなくたって、理想通りにはならなくたって、少なくとも千早ちゃんがお姉さんたちやお母さんから暴力を受けないで済むようになるなら、まずはそれで成功だと考えてもいいのかも知れないっていう気もする。何しろ千早ちゃん自身がこんなに明るくて楽しそうにしてられるんだから。


理想通りの形しか認めないと言うのなら、たぶん、この世にあるほとんどの家庭がアウトになってしまう気しかしない。どこかに問題を抱えながらも、理想とは違う形になってしまっていても、そこに住む人たちが幸せなら、満たされているなら、それはそれでありだと僕は考えたい。でないと、今の僕の家庭だって、世間一般から見れば相当おかしな状態だろうから。


今日は、三人が作ってくれたミートスパゲッティを僕と星谷さんもいただいた。とても美味しかった。ちゃんと丁寧に作ってるのが分かる。もちろん、お店とかに行ったらもっと美味しいのもあるにしても、家でこれが出てきたら十分じゃないかな。少なくとも僕はこれで文句を言う気にはなれない。これを5年生の子供達が作ってるとか、目の前で見てなければ信じられないかも知れなかった。


「おいし~い、今日はこれ作る!。決定!」


ミートスパゲッティを食べながらそう声を上げた千早ちゃんに、絵里奈が、


『じゃあこれ、レシピね』


と言って、紙に書いたレシピを画面に映し出してくれた。


「千早、ちゃんとメモを取って」


星谷さんがメモ帳とペンを差し出しながらそう言うと、千早ちゃんも「は~い」と嬉しそうに自分でメモし始めた。本人がやる気になってる時にちゃんとそれを後押ししてくれる人がいるのが大事なんだなと思った。


「これでいい?」


千早ちゃんが書いたメモを見せられて、星谷さんはそれと画面の中のレシピを見比べ、


「OKです。ありがとうございます、絵里奈さん」


と言った後に、


「ほら、千早もちゃんとお礼して」


って千早ちゃんに促してくれた。


「ありがとうございます!」


と大きな声で言ってくれた千早ちゃんに、絵里奈も笑顔で「どういたしまして」と応えてた。なんかいいなと思った。千早ちゃんがきちんとお礼が言えるっていうのが僕も嬉しかった。聞いた話だと、彼女は以前はもっと、荒んだって言ったら言い過ぎかもしれないけど、他人に向かって素直にお礼とか言えそうにないタイプだったらしい。それがこんなに当たり前にみたいにできるようになったのは、それだけ気持ちに余裕ができたからなんだろうな。自分のことを認めてくれる人に出会えて満たされて、相手のことまで考えられるようになったから、それができるようになったんだって感じる。


千早ちゃんのお姉さんたちもお母さんには、そういう出会いがなかったんだろうな。今、こうして関わってる僕たちだって、千早ちゃんのお姉さんたちやお母さんたちに直接働きかけてどうにかしようっていう気になれないのは、そこに見えない大きな壁があるからかも知れない。それが僕たちが作り出してるものか、お姉さんやお母さんが作り出してるものか、それとも両方かって言ったら、たぶん両方なんだろうって思った。


星谷さんが敢えて距離を取ってるということが答えのような気もする。お姉さんやお母さんに対してアプローチするためのきっかけが見当たらないんだ。関わられることを望んでない人に強引に関わろうとするのは難しい。絵里奈や玲那が僕に関わってきた時も、僕は最初、二人のことを疎ましがってた。僕たちが上手くいったのは本当にたまたまだった気もする。あそこで僕がもっと拗らせて二人を拒絶していたら、今の僕たちはいなかった。そう、ほんの少し、僕の虫の居所が悪かっただけで二人を完全に拒絶していた可能性だってあったんだ。


それを思うと、千早ちゃんのお姉さんたちやお母さんたちに強引なアプローチを選ばない星谷さんの判断の理由も分かる気がする。千早ちゃんを支えて、千早ちゃんを通してゆっくり状況を変えていく方法を選んだんだろうって。


星谷さんがそこまで慎重になっているのは、千早ちゃんのことを大切に想ってるからって感じる。乱暴なことをして逆に状況を悪くして彼女を苦しめたりしたくないんだと思う。星谷さんの力強さや行動力からみれば、もっと自分の思ってる通りに事を進めようとぐいぐい行ってても不思議じゃない。だけど星谷さんの目的はあくまで千早ちゃんの笑顔を守ることであって、自分の考えをお姉さんやお母さんに押し付けることじゃないんだ。他人の家を、家庭を、家族を、意のままに操って改造することじゃないんだ。っていうのをすごく感じる気がする。


星谷さんも、そういう意味では成長してるんだろうな。本人が言ってた通りに優秀で有能な自分がそうじゃない人を導くことが正しいことだと思っていたら、きっともっと強引なやり方をしてた気もする。だけどそれは決して相手を想ってることにならないと気付いたんじゃないかな。自分のワガママを押し付けるだけだって。


それに気付けること自体がすごいことだと、僕は思ったのだった。



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