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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百十九 千早編 「できること、できないこと」

「やほ~、沙奈ちゃん来たよ~」


玄関を開けるなり沙奈子に飛びつくようにして抱き着いた千早ちはやちゃんが、やっぱり頬ずりしながら嬉しそうに笑ってた。すっかりおなじみの光景になったけど、冷静に考えたら不思議な光景だよなあ。二人の出会いについて知ってる僕にとっては。


だけど人って元々そういうものなのかも知れない。一見しただけだと嫌な人に思える相手にだっていろんな一面があって、実はっていうことがあるってことなんじゃないかな。


もちろん、相手のことをよく知ったら誰とでも仲良くなれるっていう意味じゃない。逆に、よく知ったからこそ自分とは合わないなっていう部分が見えてくることも多いと思う。付き合ってても最終的には別れてしまうことがあるのなんて、つまりそういうことなんだろうから。


でも自分とは合わないからってその人はただの悪人かって言ったらそういうことでもないんじゃないかな。僕とは合わない人がみんな悪人かなんて、そんなはずないし。合うか合わないかはただの結果だよね。僕自身がまず善人じゃないから。


どんなに『いい人』でも、合う合わないはあるはずなんだ。たとえば英田あいださんだってきっといい人だったと思う。お子さんを事故で亡くしても自暴自棄にならずにきちんと仕事をして奥さんを守ろうとして…。だけど何となく噛み合うものがなくて距離を感じてしまって近付くこともできなくて、僕は何もできなかった。


もちろん、親しくなれてたらその後の『事故』を防げたなんて言うつもりはないけど、でもなにか流れが変わることもあったんじゃないかな。英田さんの後任として入ってきた真崎しんざきさんだって英田さんに近いタイプの人で、真面目で仕事熱心なのに、僕はどうしても距離を感じてしまってた。たぶんそれは向こうも同じっていう気がする。


なんてことを考えてる間にも、沙奈子たちは、絵里奈の指示を受けながら着々とミートソースを作っていった。本当に手慣れたものだ。特に千早ちゃんがすごく楽しそうで、お姉さんたちやお母さんに御馳走してあげようとか思いながら作ってるのかなとか感じたりもした。


「ご家族との関係も、順調に改善しつつあるようです」


僕が考えてることを見抜いたみたいに、星谷ひかりたにさんがそう言ってきた。


「そうですか、それは良かった…」


僕も素直にそう応える。星谷さんがそんな風に言うということは、実際に上手くいってるんだろうなって思える。本当はこうやって星谷さんに聞くのが一番確実なのかも知れないけど、沙奈子にも様子を聞いてみるのは、千早ちゃんだけじゃなく沙奈子自身の学校での様子がそこから見えるんじゃないかなっていうのもあるんだ。そういうことを話すきっかけとして千早ちゃんの話題を振るというか。


でもそれで沙奈子にヤキモチを焼かせてしまっては意味ないけどさ。


星谷さんが続ける。


「お姉さんたちはもうほぼ完全に、千早に夕食の用意を任せているものと思われます。本来なら、小学生の子にそういうものを押し付けることは私としても好ましいこととは思いません。ただ、千早の姉の千歳ちとせさんと千晶ちあきさんについては、まず精神的な余裕を持たせることが必要なのだと私は感じました。そのためにも、家族が美味しい食事を提供してくれる環境が必要なのでしょう。そしてそれを無理なく提供できるのが現時点では千早のみなので、申し訳ないと思いつつもその役目を負っていただいています。


ただ、千早自身が、それを楽しんでいるようなのです。お姉さんたちやお母さんが千早の作る食事を美味しいと言ってくれることが嬉しいそうです。それは千早自身の承認欲求を満たし、彼女に自信を与えます。その自信が精神的な余裕を生み、お姉さんたちやお母さんをも受け止める下地になっているものと思われます。ですので、このまま彼女のレパートリーを増やし、石生蔵いそくら家の台所を千早に掌握してもらうことが最も確実な手順だと私は推測しています。


本来ならその役目は、母親たる千草ちぐささんがするべきことなのですが、できない人間にやらせようとするのは、手間も時間も無駄に浪費することにもなりかねません。今は千早こそが適任とみて間違いありません。


実は、この考え方は、私がかつて学級を掌握しようとした時のそれに準じるものです。その頃の私は、能力の高い人間、できる人間が率先して行動を起こし、できない人間を導くことこそが正しいと考えていました。ただそれも、適切な条件の下、適切な頃合いを見極めなければ単なる強権による独裁に等しいものだと私は知りました。そして今、石生蔵家に起こっていることこそが、私が求めていた形なのです。出来る人間、すなわち千早が率先して行動し、お姉さんたちやお母さんを導いている状態なのです。私のかつての考え方は前提条件に一部誤りがあっただけで、すべてが間違っていたわけじゃないことを、千早のおかげで確かめることができました。だから今では千早も、私にとっては恩人の一人なのです」


と、一気に語った星谷さんは、千早ちゃんのことをすごく愛おしそうに見詰めてる気がした。星谷さん自身も、千早ちゃんに救われているんだっていうのが改めて感じられた気がした。


そう、星谷さんがすごい能力で一方的に千早ちゃんを救ってるわけじゃないんだ。星谷さんは、千早ちゃん自身が自分の家庭を変えていくことの手伝いをしているだけなんだ。そんな星谷さんだからこそ、千早ちゃんもあんなに慕ってるんだと思う。自分に命令して強引に従わせようするんじゃなくて、千早ちゃん自身が成長することの手助けをしてくれてるだけなんだって感じてるんじゃないかな。だから信頼して尊敬できてるんじゃないかな。


それは本来なら親子の間でそうなるのが好ましいことなんだと思う。だけどそうじゃない、それができない状態にあるんなら、それができるように力になることが大事なんだってすごく感じた。


千早ちゃんの家のことは、そういう意味ではすごく幸運だったのかも知れない。大希くんがいて、星谷さんがいて、沙奈子がいて、今、家庭に必要としてるものを用意できる人がいてくれたことが、いい方向に向かわせてるんだとしたら、これは本当に幸運なことなんじゃないかな。


残念なことに、波多野さんの家庭については、必要なものが揃わなかったから、もしくは時間的な意味で間に合わなかったから、今のような状態になってしまったのかも知れない。玲那の血の繋がった家族なんて、まさにその通りなのかも……。


すべての家庭が救われるわけじゃないのはすごく残念だと思う。すべての人や家庭が救われる万能な方法なんてないんだと思う。だけどその中でも、救われる人や家庭があるのなら、努力する意味はあると僕は感じていたのだった。



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