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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百十七 千早編 「ヒーローじゃなくたって」

絵里奈の叔父さんへのご挨拶も終えられて、僕はホッとしていた。沙奈子を連れて遠出する必要もこれでしばらくなくなったと思う。この子はこうやって乗り物を使ってまで出掛けるのってあまり好きじゃなからね。


それでも不満一つ言わずについてきてくれるからついつい勘違いしてしまいそうになるけど、そういうことを忘れたくないと思う。とか言いながら、そういうの忘れそうになってたけどさ。沙奈子がなぜ一人でお風呂に入れないのかってこととか。


だから僕は自分が決して完璧じゃないって感じてる。自分が完璧じゃないから沙奈子や絵里奈や玲那に対しても完璧でいてもらうことを望んだりしないでおこうと思ってる。完璧じゃないことを責めたりしないでおこうと思ってる。だけど完璧にはなれなくても、自分にできることを考えるのもやめたくない。今よりはちょっとだけマシな自分になることを諦めないでいたいと思う。だって、沙奈子も絵里奈も玲那も、そうやってちょっとだけマシな自分を目指してくれてるから。


自分だけが努力してるとか頑張ってるとか感じてしまったら、どうしてもやる気がなくなったり辛くなってしまったりすると思う。だけどみんなが少しずつでも努力してるって頑張ってくれてるって感じられたら自分もって思えるんじゃないかな。僕はそのために、自分にできる範囲で努力したり頑張ったりしたいと思ってる。それで十分なのかもしれない。


叔父さんはすごくいい人だったけど、さすがに緊張してたこともあって気疲れしてしまって、今日はとても山仁さんのところにまで出掛ける気にはなれなかった。昨日行った時に休むかも知れないことは伝えておいたから、電話で休むことだけ伝えて、家でゆっくりすることにした。


沙奈子はそれでも午後の勉強をしてた。完全に習慣になってるからやらないとかえって気持ち悪いのかもしれないけど、本当にすごいなあ。ただ夕食については今日はサボらせてもらおうということで、駅から帰る途中にコンビニでお弁当を買って帰った。


「今日はお疲れさまでした」


夕食の時、テレビの画面の向こうで、絵里奈がそう言いながら頭を下げてた。向こうも今日は手抜きで、コンビニ弁当だった。


「叔父さんも相変わらずで安心しました。あと、余計なこと言わないでいてくれて…」


絵里奈が恥ずかしそうにそう言うと、


『私は昔の絵里奈の話が聞けるかと思って楽しみにしてたのに、残念』


と玲那からのメッセージが。『いしししし』って感じの悪い顔で笑ってた。だけど玲那だって、事件のことも含めて受け止めてもらったんだから、あんまり茶化すのはどうかと思うよ。


なんて思ってたら玲那の方から、


『でも、絵里奈のことをよろしくなんて、私の方こそ絵里奈に迷惑掛けっぱなしで本当にごめんなさいって感じだったな』


ってメッセージと共に、申し訳なさそうな顔が。やっぱり玲那も気にしてたんだな。当たり前か。あの子の性格からしたら。


ただそれ以上に僕は、沙奈子がしっかりした感じで叔父さんと向き合ってたのが印象的だった。たぶん、沙奈子には叔父さんの穏やかさや懐の深さみたいなのが伝わってたんだろうなとも感じた。けど、そうだとしてもちゃんと挨拶できたのは立派だったと思う。


この部屋に来たばかりの頃のこの子だったら、俯いたままで上目遣いで顔色を窺うような感じになってしまってた気がする。それから思えば本当に成長したって実感がある。自分の思ってることも言えるようになったし。その上で、僕と絵里奈のことを『好きです』って言ってくれたと思うと、こんなに嬉しいことはない。この子の本心だってことだもんな。


玲那と同じようにこの子もまだ危ない部分も秘めてるんだと思う。僕はこの子にそういう部分もあるということを見ないふりして過ごすということはしないでおこうと思ってる。苦しいこと、悲しいこと、辛いことがこの子の危ない部分を刺激して育ててしまうかも知れないことを忘れないでおきたい。沙奈子なら大丈夫って決め付けてただ放っておくことはしたくない。それは信頼じゃなくて単なる放任だと思う。信頼というのは、子供が何を考えて何を感じてるかっているのを知った上でどんな結果が出ても受け入れる覚悟を持つっていうことなんじゃないかな。


僕は、沙奈子が玲那のようなことになるのを受け入れるなんてできそうにない。だから放っておいたりしない。お節介かも知れなくても、沙奈子一人で解決できないことなら力を貸したい。あんな想いをするのはもうごめんだ。僕は家族を守る。他の誰が守ってくれなくても、僕が守る。


って、ヒーローみたいに格好良く難問を解決して救うっていう意味じゃないけどさ。守り方っていうのもいろいろあるって最近は分かってきた気がする。僕は非力な小動物なんだから、非力な小動物なりの守り方っていうのがあるんだって思う。家族を連れて危険から身を隠すのだって、立派に守ることになるんじゃないかな。そりゃ格好良くはないけどさ。ただ、勇気と無謀も違うものだっていうのも感じるんだよね。


フィクションの中のヒーローはフィクションの中にしかいない。現実っていうのはそんなに都合よくできてない。優しくていい人が常に報われる訳じゃない。正しさが必ず勝利をおさめるわけじゃない。自分の力や能力もわきまえずに戦いを挑むのは勇気じゃない。どんな結果が欲しいのかっていうのを考えたら、そこに辿り着く方法は一つじゃないはずなんだ。


恰好良く戦って勝利をおさめられる人はそうすればいいかも知れない。でも誰でもいつでもそれができるわけじゃないのは誰だって分かってるはずなんだ。だから僕は、格好悪くても自分が望んだ結果を得られる方法を模索する。逃げたり隠れたりっていうのも一つの手だ。理不尽を相手に立ち向かうんじゃなくて敢えて正面からぶつかるのを避ける。


そんなやり方、自慢はできないけど、結果的に家族を守れたらそれでいいよ。僕には強いヒーロー願望はない。むしろ子供の頃は、結局は誰かに守られて都合よく強力な武器や能力を授けられてそれ頼みで悪を懲らしめていくヒーローを軽蔑してたクチだし。


自分がそういう都合のいいヒーローになれないことは、自分が一番分かってる。だから僕はそれとは違う道を選ぶ。真似をしようとも思わない。そうなろうとも思わない。無敵のスーツを身に纏ったり、超常の力を振るって問題を解決することを求めたりしない。僕にできる現実的な方法や手段を探していく。それこそが僕にとっての『戦い』だ。


四人でお弁当を食べて、お風呂に入って、いつものように後は沙奈子を膝に寛ぐだけだ。ヒーローじゃなくたってこういう幸せは掴める。絵里奈の叔父さんだって、それをよく知ってる人だと僕は感じてたのだった。

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