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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百十六 千早編 「お祖父さん」

絵里奈の叔父さんは本当に素晴らしい人だと思った。ただ、正直な印象を言わせてもらえば、どこか影がある感じもしないわけじゃなかった。それは、山仁やまひとさんにも通じるものだった気がする。単に幸せなだけの人生じゃなくて、何か苦しい過去があって、だからこそそれを乗り越える為に今の自分になったというか…。


それが何なのか僕には分からない。ただ、絵里奈の叔父さんがそういう人だったことに安心したのも事実だった。だからこそ玲那のことも受け入れられたんだろうなって気もする。ただ無闇にポジティブで前向きなだけの人だったらたぶん、上手く噛み合わなかった気がするし。


僕がどうして絵里奈を選んだのかも、絵里奈がどうして僕を選んだのかも分かってしまった気もする。


『累が友を呼ぶ』っていう言葉の意味も改めて感じたような気もした。


土日や祝祭日のみ自宅で一時保育をしてる叔父さんを頼っている人は多いらしい。今日は僕たちが来るということで普段利用してる人たちにはなるべく避けてもらうようにお願いしていたらしいけど、急な依頼があるとさすがに断れないってことだった。


『ごめんね、せっかく来てくれたのにゆっくりしてもらえなくて。だけど、これが僕が生きてる意味なんだと思うよ』


帰り際、そう言って申し訳なさそうに笑った叔父さんの顔がどこか嬉しそうに見えたのも気のせいじゃないかもしれない。


「はあ…、でも、一時保育の依頼が入ってホッとしました。もしあのままいてたら、間をもたせようとした叔父さんが私のアルバムとか出してきたかもしれないし。私のアルバムとか私物のほとんどを叔父さんのところに置いてるんですよね。高校の途中から、あの叔父さんの家で住んでたし」


へえ、そうなんだ。


「あの家は元々、私の祖父母が建てた家だったんです。祖父母が亡くなった時、預金とかは全部、兄である私の父が相続しましたけど、叔父さんはあの家と相続税を払うのに必要な分の現金だけでいいっていうことでそうしたらしいです。自宅で一時保育をする為に好きに使える家が欲しかったそうですから」


すると、沙奈子と手を繋いで歩いていた絵里奈がフッと視線を落として、


「実は叔父さん、一度結婚してて子供もいたんですけど、事故でその子を亡くしてて、それが原因で奥さんとも上手くいかなくなって離婚して…。保育士なのに自分の子供も守ってあげられなかったっていうのをずっと後悔してて…。土日とか祝祭日に一時預かりを始めたのも、それが理由だそうです。なにしろ、お子さんが亡くなった事故というのが、奥さんが買い物に出掛けてる間に吐いたミルクを喉に詰まらせたっていうものだったそうですから……。


当時は警察も来てちょっとした騒ぎになったんですよね。奥さんの虐待が原因なんじゃないかって話も出て任意で事情を聴かれたりとか…。それは結局、ただの誤解ってことで済んだんですけど、奥さんが精神的にまいっちゃって、叔父さんの顔を見ると子供のことを思い出して辛いからって…。


叔父さんが私のことを大事にしてくれたのも、きっと自分の子供のことがあったからだと思います。その子は男の子でしたけど私とは3歳しか違ってませんでしたから…。


英田あいださんのお子さんの事故の時に私が取り乱してしまったのは、香保理のことがあったからというのと合わせて、叔父さんのことも思い出してしまったっていうのもあったんです……」


…そうだったのか…。だから僕は、叔父さんにどこか影があるみたいに感じてしまったのかもしれない。


本当に、人というのはそれぞれいろんなことを抱えて生きてるんだなと改めて思った。絵里奈の叔父さんみたいにいい人にもそういう辛い過去があって、そういったことを背負って生きてるんだ。


「叔父さんは一生、あの子のことを想いながら生きていくんだと思います。過ぎたことだから忘れろ、過去に囚われるなっていう人もいるでしょうけど、私にはそんな無責任なことは言えませんでした…。今でも言えません。いえ、今だから余計に言えないです……」


その時、沙奈子の手を握る絵里奈の手に力が込められたのが見えた気がした。


「もし…、沙奈子ちゃんに何かあったらと思うと、叔父さんにそんなこと言わなくて本当に良かったと思います。私だって忘れることなんかできない。気にしないようになんてできるはずない。私にとってももう、沙奈子ちゃんは自分の一部みたいなものですから……」


沙奈子を見ながらそう言った絵里奈を、沙奈子も見上げてた。その目はどこか嬉しそうに見えた。この時の二人の姿は、間違いなく母と子のそれだと僕も感じた。血の繋がりはなくても、ちゃんとお互いを必要としてて、大切に想ってるんだ。


駅の方に戻ってくると、予定よりまだ時間があったから近くのアーケード街で少しウインドウショッピングをして、それからせっかくだからと玲那のリクエストで駅前のアニメショップに寄ったりもした。


絵里奈と沙奈子は洋裁ショップでいろいろ買って、玲那はアニメショップでグッズを買って、僕たちはそれぞれ電車に乗るための駅へと向かい、別れた。


「じゃあ、また来週」


そう言って手を振る絵里奈と玲那に沙奈子も手を振りながら「うん」と大きく頷いた。


電車の中でも二人とのメッセージアプリは繋いだままにしていたけど、チェックは時々にして、僕は沙奈子の様子を見てた。僕の体に自分の体を預けるようにしてるこの子の体温と重さを感じて、急に込み上げてくるものを感じてしまったりもした。絵里奈も言ったように、もし、この子を喪ったりしたら、僕も死ぬまでそれを忘れたりなんてできないだろう。無かったことにして前を向くとかできないと思う。この子のことをずっと想って生きていくんだ。それを考えたら絵里奈の叔父さんのことも少しは分かるかもしれない。


「お父さん…」


不意にそう声を掛けられて、沙奈子の方を見た。僕を見上げてた彼女が、静かに言った。


「あの人が、私のお祖父さんってこと…?」


絵里奈の叔父さんのことだと思った。


「そうだよ。本当は大叔父さんってことになるんだけど、お母さんはあの叔父さんのことをお父さんみたいに思ってるから、沙奈子のお祖父さんでいいと思う」


僕の言葉に、「分かった」と沙奈子は応えてくれた。その目も、納得いったみたいに落ち着いてた。


僕にとっても、あの人がこの子のお祖父さんということの方が嬉しい。あの人なら、僕に万が一のことがあっても絵里奈の力になってくれてこの子を守ってくれると思う。母子だけで生きてて何かの理由で追い詰められて悲しい事件になるってことがこれまでにも何度もあったけど、そういう事件のニュースを見る度に僕は『祖父母とか親戚とかは何をしてたんだろう』って思ってた。だけどあの人がいれば、そんなこともないと思ったのだった。

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