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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百九 千早編 「忘れかけてた現実」

今日は何だかすっかり玲那と千早ちゃんが主役みたいな感じで時間が過ぎて、いつもとは違った雰囲気だったけどそれはそれで楽しかった。僕も沙奈子もアニメにはそれほど興味が無いからか、アニメの話でこんなに盛り上がる玲那の姿は初めて見た気がした。やっぱり玲那と千早ちゃんって意外と気が合うのかもしれないな。


話が弾んでしまっていつもより少し遅れて千早ちゃんたちは帰っていった。玲那も楽しかったらしくて上機嫌だった。沙奈子はと言うと、楽しそうな雰囲気が楽しかったんだろうな。頬が少し紅潮してる気がする。


それでもいつも通り、午後の勉強はした。


『沙奈子ちゃん、すごいなあ』


玲那が感心したようにメッセージを送ってくる。さっきまでのとはうって変わって落ち着いた様子だった。それでも僕とのやり取りは続いた。そしてやっぱり、『お父さん大好き』、『お父さん愛してる』っていうメッセージが時折挟まれてくる。半分はいきなりそういうメッセージを送って僕が反応するのを面白がってるんだろうな。でももう半分は、そうやってちゃんと言葉にして確認したいんだろうなって実感もある。


午後の勉強が終わって沙奈子と二人で買い物に行って、帰ってきたら絵里奈も帰ってて、画面越しだけど四人で一緒に寛いだ。


夕食は結局、昨日の餃子の残りをまた焼いて食べて、それから山仁さんのところに顔を出してみんな変わりないのを確認してホッとして、さあ帰ろうと思った時、沙奈子の様子がちょっといつもと違ってることに気が付いた。なんか、顔が赤い…?。


また少し熱が出てるのかなと思ったら、そういうのでもなかったらしい。帰り際も千早ちゃんが沙奈子に何か耳打ちしてて、さらに顔が赤くなった気がしたし。どうやら千早ちゃんとの内緒話が関係してるみたいだった。


その様子を見てて、僕はふと思い出してた。お昼に千早ちゃんが玲那と『セレリオンの猫っ子たち』の話で盛り上がってる時に、チャーと最初に仲良しになったサーニャっていう女の子が体の変化をみんなにからかわれて真っ赤になるっていうシーンの話になって、その時、沙奈子が何かハッとした表情になってたことを。


それ自体は一瞬のことだったしすぐに普通になったからあまり気にしてなかったけど、今の沙奈子の表情を見てなぜかそれを思い出したんだ。


帰ってからお風呂の用意をして沸くまでの間に沙奈子が日記を書いてってしてた時には、彼女の様子はいつも通りだった。ただ、お風呂が沸いて入ろうかってなった時に、沙奈子の顔がまた赤くなってる気がした。しかも、いつもなら何のためらいもなく服を脱ぎ始めるのに、この時は違ってた。そこでようやく僕にもピンときた。だから聞いてみた。


「どうする?。一人で入る?」


って。そう、沙奈子は、僕と一緒にお風呂に入るのが急に恥ずかしくなったんだ。自分の体の変化に気付いてしまって。


きっかけは絵里奈に聞かれたことらしかった。と言ってもその時はピンとこなかったみたいだったのが、時間が経ってから何となく気になって服を着替える時とかに注意してみたらしい。で、自分の胸が膨らみ始めてることに気が付いたってことだった。けど、それでもまだそんなには意識してなかったらしいのが、お昼に、サーニャが照れて真っ赤になる姿が『可愛くてもだえる~!』と玲那と千早ちゃんが盛り上がってた時に、突然、それが恥ずかしいって感じるようになってしまったみたいだった。


さらに、さっき山仁さんのところに行った時に千早ちゃんが、『沙奈ちゃん、おっぱい膨らんできてるよね。実は私もなんだ』って耳打ちしてきてすごく恥ずかしくなってきたんだって。


恥ずかしいと言いながら、沙奈子は、


「あのね…、そのね…」


とためらいながらも僕にそう打ち明けてきた。そこは僕に話しても大丈夫なんだと不思議に感じつつも、僕もなるべく平静を装って「そうなんだ」と冷静に応えるようにした。


沙奈子の話が終わった時、ああ、いよいよなんだなあと僕は思った。だけど、


「分かった。じゃあ、今日から別々に入るようにしよう」


って僕が言うと、その瞬間に、ピリッとした痺れるような感覚と同時に空気が変わるような気配を感じた。


沙奈子は、それまでの恥ずかしそうな感じとは全く違う印象のハッとした顔になって僕を見て、頭をぶんぶんと横に振った上で縋るような目になってた。しかも自分の首の後ろを手で押さえながら、


「一人はヤダ…。こわいから……」


だって……。


その様子を見て、今度は僕がハッとなる番だった。この時の沙奈子の、自分の首の後ろを庇うような仕草…。


それで僕も改めて分かってしまった気がした。この子はまだ、暴力を受けた時のことを完全には忘れられていないんだ。自分からは見えない背後から煙草か何かを首筋に押し付けられた時の恐怖がまだ残ってるんだってことに…。


最近では玲那のこともあって忘れがちになってしまってたけど、沙奈子は元々そうだったんだ。お化けとか子供らしいそういう空想に怯えるという以上に、現実の恐怖と痛みがこの子の中にはまだ残ってるんだ。この子にとってはまだまだ遠い過去のことにはなってなかったんだっていうのが思い出されてしまった。


「そうか…、じゃあ、まだ一緒に入る…?」


僕が改めてそう聞くと、沙奈子はホッとしたみたいに頷いた。


そうなんだ…。自分の体の変化に気付いてそれを恥ずかしいと感じる気持ちが芽生え始めてるのも事実だけど、それ以上に一人になるのが怖いんだ…。大事なことなのに、忘れかけてた。ごめん、沙奈子……。


ということで今日のところは一緒に入って、これまで以上に沙奈子の体は見ないようにした。そして一緒にお湯に浸かりながら、


「もし、どうしても恥ずかしかったら、お母さんに一緒に入ってもらう…?」


って聞いた。だけど沙奈子は首を横に振って静かに言った。


「お父さんがいい…。お母さんはお姉ちゃんのことを守ってあげてほしい…」


「……」


僕は言葉もなかった。この子はこんな時でも玲那のことを心配してくれてるんだ…。ホントに、どうしてこんなにいい子なんだよ……。


そんな訳で、もうしばらくの間は沙奈子は僕と一緒にお風呂に入ることになった。ただ、自分の体の変化に気付いて、それをちゃんと恥ずかしいって思えるようになってくれたことについては、これまでのこの子の無頓着さを思えば大きな成長だと思った。おねしょについては恥ずかしがるのに、何故か下手したら人前ででも裸になりかねないくらいにそういう方面では無頓着だったからね。ようやくそっちの部分にも気を付けてくれるようになったんなら、それでいいか。


でもいよいよ、一緒にお風呂に入らなくなる日までのカウントダウンが始まったっていう気がする。だけどそれは、この子が受けた暴力の恐怖がそれだけ薄れたっていうことの証でもあると思う。だから僕はそれを心待ちにしたいのだった。



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