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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百七 千早編 「存在意義」

家に帰ると、僕と沙奈子はいつものスーパーに買い物に出かけた。食材とかについては沙奈子が主導で買う。今日の夕食はお昼の餃子がまだ残ってるからそれにするとして、明日の夕食やそれ以降の朝食とかだ。ミネラルウォーターのストックも買っておく。


買い物から帰ると夕食の用意だ。焼いてなかった分を改めて焼いたけど、さすがにこれは二人で食べるには多すぎる。だから今夜食べる分だけ焼いて、残りはまた明日以降にした。明後日の夜とかになるかもしれない。


お昼に引き続いての餃子でも、やっぱり美味しかった。


夕食の後はいつもの通りに山仁さんのところに行く。みんなと顔を合わせればホッとできるから。


「沙奈ちゃんいらっしゃ~い!」


迎えてくれた千早ちはやちゃんと大希ひろきくんに沙奈子を任せて、僕は二階に上がる。今日も全員無事だってことを確認して自分が安心するのを感じてた。今日は田上たのうえさんもいる。波多野さんも元気そうだ。


これといって大きな報告もなく、この日は顔を合わせただけで終わった。だけどそれがいい。こうやって大きなことが起きなくて他愛ない今日の出来事を話すだけで安心できるのが一番だって思う。


「う~ん、沙奈ちゃ~ん、さみしいよ~」


家に帰るために一階に降りると、沙奈子を見送りに玄関まで来ていた千早ちゃんが、沙奈子に抱き付いてまた頬を擦りつけていた。それがアニメのキャラクターとかがやりそうな仕草だというのは僕にも分かった。そういう大げさな振る舞いが、僕が彼女の明るさを『仮面』であり『殻』だと感じた大きな理由だった。たとえ子供同士であってもリアルでここまでやる人なんてそんなにいないと思うから。


だけど、彼女のそれは、他人を欺いたり傷付けたりするためのものじゃないっていうのは僕にも分かる。むしろ逆だ。他人を傷付けたりしないようにするためのものじゃないかな。


たぶん、沙奈子にもそれが分かるんだ。だから千早ちゃんと仲良くしてられる。千早ちゃんが誰かを傷付けようと思ってるなら、沙奈子はそれを敏感に感じ取ってしまうから。


それで言うと、大希くんの方は、いつもはそんなに大げさなことはしないけど、とにかくあったかい目で見守ってる感じかな。お父さんの山仁さんに似てるんだ。きっとお父さんの姿勢と言うか姿を真似てるんだっていう気がする。


千早ちゃんが今のやり方を誰から学んだのかって言ったら、それはもうアニメとかからなんだろうな。星谷ひかりたにさんから聞いた話だと、家ではお姉さんたちがチャンネルの主導権を握ってて、アイドルの出てる番組くらいしか見せてもらえなかったらしい。でも千早ちゃんはまだアイドルにはそんなに興味がなかったから、家ではお姉さんたちが昔に買った漫画を読むくらいしか楽しみがなかったって。


でも今では、大希くんと一緒にアニメとかを見てるって言ってたから、キャラクターたちが楽しそうに仲良くしてる姿を参考にしてる感じなのかもしれない。ん?。お姉さんのお下がりの漫画を読んでる?。それって子供の頃の僕と同じじゃないかな。


お下がりの漫画を読むのがダメっていう意味じゃない。ただ、最初から自分のために用意されたものが何もないっていうのは、やっぱり子供心にも堪えると思う。自分は要らない存在じゃないのかなって気分にはなってしまうかもしれない。実際に僕はそうだった。服も靴も、学校で使う道具も上靴もリコーダーも、全て兄のお下がりだった。経済的にはそこまで困窮してなかったはずなのに、僕のものはほとんどすべて兄のお下がりか誰かから貰った中古品だった。


子供だって、家計が苦しければまだ納得しようって思えた気がするけど、兄には玩具も服も靴も新しいものを次々と買い与えるのに、僕には何もなかったのは事実だった。まあおかげで、お下がりって言ってもそんなにボロボロだったりはしなかったけどさ。兄がすぐ飽きて『もう要らない』って言うから。


けれどそういうことに気付いてしまってからは、ますます両親のことが嫌いになっていった覚えがある。せめて誕生日やクリスマスのプレゼントくらい、兄と同じように発売されたばかりの玩具だったりしたらまだしも、放送が終了して半額シールがついた箱が少し痛んだヒーローの玩具を、包装もなく半額シールもついたままで無造作に置かれてるだけっていうのは、さすがに凹んだよ。兄が立派な最新の玩具をもらって喜んでるのを見ながらだと余計にね。


僕の両親は、何を思ってそこまで露骨なことをしたんだろう。そう考えると、やっぱり僕に対して『お前は要らない』と言ってただけだとしか思えないんだ。


『親が本当に意図してることは言わなくてもいつかは伝わる』なんて、アニメやドラマの中だけの絵空事でしかないと思う。少なくとも僕には何も伝わってこなかった。僕はただ、『自分はこの家には要らない存在だから早く出て行かないといずれ処分される』っていう強迫観念に捉えられただけだった。


それはもう、あの頃の僕にとっては死刑宣告に等しかった気もする。


そういう経験が、今、会社での扱いに心を閉ざすことで対抗するというスキルとして役立ってると言えばそうかも知れないけど、そんなのはただの結果論でしかない。たまたま、仕方なく持つことになったスキルを活かせる状況が生まれただけでしかない。そうとしか思えない。


でも、仕方なく持たされることになったものでも役立てるしかないのも現実なんだろうけどさ。けれど、お母さんを亡くしたという苦しい状況でも朗らかでいられてる大希くんやイチコさんの姿を見てると、他のやり方でもちゃんと困難に立ち向かっていけるじゃないかって思い知らされるのも本当のところだったり…。


ただ、そういう過去は変えられないのも現実だからね。恨んでばかりいたって辛いだけだ。自分の手持ちのスキルで何とかするしかないんだ。だけど同時に、いろんな人と出会って力を借りられるようになったら、僕には無理なことでもできる人は確かにいて、その人の協力を得られれば何とかなるっていうのも今では分かるんだ。逆に、その人にはできなくても僕にはできることというのもあるらしい。星谷さんに言わせれば、僕は、家族の顔をものすごく見てて、それぞれを繋ぎ合わせる役目をしてるらしい。それは他の人にはできないことだって。僕がいるから、この家族は繋がっていられるんだって。


僕としてはてっきり、その役目は沙奈子がしてるんだと思ってた。この子が僕たちにとってのくさびなんだって。ただそれは、沙奈子だけじゃ機能しないとも言われた。僕が沙奈子がセットになって初めて意味を持つんだって。


そこまで言われると気恥ずかしさしかないけど、それでも自分が必要だって言われるのは悪い気はしない。自分が必要だって思わせてくれるからこそ、僕は今、頑張れてるんだからね。



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