三百六 千早編 「またみんなで手作り餃子」
土曜日の朝。今日は千早ちゃんたちが手作り餃子を作りに来る。それまではいつものように四人でそれぞれの役目を果たした。
沙奈子の午前の勉強が終わってしばらくすると、玄関のチャイムが押された。千早ちゃんたちだっていうのをきちんと確認したうえでドアを開けると、
「沙奈ちゃ~ん!」
って千早ちゃんがさっそく沙奈子に抱き着いた。
「沙奈ちゃん、ふにふにのぷにぷに~」
そう言いながら自分の頬を沙奈子に擦り付けてるんだけど、さすがにちょっと意味不明だな。気持ちよさそうだけどさ。
でも沙奈子も全然嫌がってる様子でもないし、ただのスキンシップってことでいいのかな。星谷さんももう注意とかしないものの、さすがにちょっと呆れ顔のような気もする。大希くんは…笑ってるだけか。
まあそれはさて置いて、さっそく、絵里奈の指導の下で手作り餃子づくりが始まった。だけどもう、何だかんだで料理自体に慣れてきてるのか、三人とも余裕な感じで餃子のタネを作ってた。もうすっかり遊んでるのと変わらない感じだな。料理を作ること自体がこの子たちにとっての遊びなんだ。こんな風に楽しくできるのってすごいなあ。
そうやってできた餃子のタネを、今度は僕と星谷さんも協力して皮で包んでいく。
「私も手作り餃子は初めてです」
と、星谷さんがちょっと戸惑った感じで餃子の形に整えながら言った。さすがに慣れてないのがよく分かる手つきだった。千早ちゃんと大希くんも最初は綺麗に包めなかったりタネの量がまちまちだったりしたけど、いくつも作ってるうちにすぐに慣れてきた。
「たのしいね!」
慣れてくると余裕が出てきて、千早ちゃんが笑顔でそう言った。大希くんが「うん!」と大きく頷いて、沙奈子も穏やかな表情で頷いた。
ちなみに絵里奈と玲那の方も、作り方を具体的に説明するためもあって餃子だった。向こうは二人だけだから量も少なめだけど、それでもお皿いっぱいの餃子ができてた。そしてこっちなんかお皿三枚に山盛りの餃子になってしまった。
さすがにこれ全部を一度に焼くのは大変なので、お皿の一つにはラップをかけて冷蔵庫に入れて、また後で焼くことにした。
残りの二皿分は、カセットコンロも使って僕と星谷さんも手伝って焼いた。
「うお~、おいしそ~!」
「すごいすごい!」
次々と焼き上がる餃子に、千早ちゃんと大希くんが興奮気味に声を上げた。星谷さんまで「楽しいですね」と、普段はあまり見られない感じでテンションが上がってた。
ようやく焼き上がった二皿山盛りの餃子を、みんなで食べた。
「おいし~!」
「おいしいね!」
笑顔で声を上げる千早ちゃんと大希くんに、沙奈子も嬉しそうに頷いてた。他の人には分かりにくいかも知れないけど、僕には分かる。目がとっても柔らかいんだ。
「うん、美味しい、上手に作れてる」
「すごいですね。美味しいです」
僕と星谷さんも、それが素直な感想だった。
今日一回じゃ一人じゃ上手には作れないかも知れなくても、こうやって何度か練習すれば自分の家でも作れるようになると思う。千早ちゃんの料理のレパートリーが増えるごとに家族を笑顔にすることができるかもと思うと、僕も嬉しかった。
それに、千早ちゃんが笑顔でいてくれると沙奈子もすごく嬉しそうなんだ。この子の大切な友達が幸せに笑っててくれることがこの子にとっても幸せなんだ。だから千早ちゃんにも幸せになって欲しい。僕は強くそう願った。
「うお~っ、ヤバイ、たべすぎた~っ!」
「あはは、千早ちゃんのお腹、お母さんみたい!」
服の上からでも分かるくらいにぽんぽこりんのお腹になって苦しそうに横になった千早ちゃんを、大希くんが指をさして笑ってた。お腹に赤ちゃんがいるお母さんみたいという意味だと思った。そう言う大希くんも相当食べてたと思う。絵里奈と玲那のための座椅子も使って体を休めてもらって、しばらくして落ち着いてから千早ちゃんたちは帰っていった。
僕と沙奈子も実は少し食べ過ぎてて、すぐに動くのは大変そうだった。ましてや沙奈子はこれからバスに乗って出掛けなきゃいけない。酔い止めも飲んでもらって一休みした。
そのせいで少し遅くなってしまったけど、絵里奈と玲那に会うために、僕たちは出掛けて行った。今日はまた、以前行った人形のギャラリーでゆっくりすることにした。ギャラリーに着くと僕と玲那はすぐに喫茶スペースに行って寛いでた。人形のことはさっぱりな僕もそうだし、兵長人形を大事にしてたりと少なくとも僕よりは人形に詳しい玲那も、さすがにこう頻繁に来てまでじっくり見るほど興味があるわけじゃないからね。喫茶スペースがあるのはすごく助かる。
だけど沙奈子と絵里奈は前回と同じようにじっくりと見て回ってた。しかも今回は新作の人形も展示されてるというから、それを目当てに来たのもあるらしい。
以前に来た時みたいな騒動もなく、沙奈子と絵里奈が人形を堪能してる間に僕は玲那とゆっくり話をして、ようやく喫茶スペースに来た二人も一緒に寛いで、今日はこれで帰ることにした。僕たちはちゃんと家族だっていうのが改めて確かめられた気がする。離れてたって家族だってね。
帰りのバスの中、沙奈子は眠ってた。穏やかで幸せそうな寝顔だと思った。僕に体を預けて眠るこの子の重みと温かさを感じながら、僕も幸せを噛み締めてた。
いろいろ大変なことがあったって、幸せを感じることはできる。辛いことと幸せなことは、思った以上に同時に存在できる。玲那の事件をきっかけにして僕はそれを実感した。だから辛いことがあったって、その中に幸せなことがあれば思った以上に耐えられるもんだなとも思った。そういうのが大事なんだと思った。
だから僕たちは、その小さな幸せを大切にしていきたいと思う。辛い時でも失われない小さな幸せを積み重ねて、それを拠り所にして僕たちは生きていこう。毎日を過ごしていこう。それが僕たちの生き方だ。
千早ちゃんも、そうなのかも知れない。大希くんや星谷さんや沙奈子と一緒にいられる小さな幸せのおかげで笑うことができて、その笑顔が、お姉さんやお母さんのイライラを少しだけ和らげてるのかも知れない。僕はその千早ちゃんの笑顔に少しでも協力できるのならしてあげたいと思う。だって、誰よりも沙奈子がそれを望んでるのが分かるから。この子がそれを望むなら、僕も力になりたいと思うから。
料理を作ったりホットケーキを作ったりする場を提供するだけでそれに協力できるなら、こんなにありがたいことはない。だからこれからもどんどん、うちに来てくれたらいいと思う。
他人が自分の部屋に来ることを望むようになるなんて、昔の僕じゃ考えられなかった。それもこれも、結局は沙奈子が来たからなんだよなあ。




