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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百五 千早編 「笑顔の仮面」

沙奈子と一緒にお風呂に浸かりながら、僕はいろいろなことを考えてた。それでうっかり少し長風呂になってしまったせいか、僕が聞かなくても沙奈子がお風呂からあがろうとした。それで僕もけっこう時間が経ってしまってたことに気付いて慌てて上がった。


沙奈子の顔が赤い。のぼせる寸前だったって感じかな。


「考え事してたら長くなっちゃったね、ごめん」


僕がそう言って頭を下げると、「ううん、大丈夫」って言ってくれた。その時の表情も穏やかだったから、機嫌が悪かったり怒ったりはしてないっていうのが分かった。つくづくこうやってちゃんと顔を見ながら話すのが大事だって感じる。


その一方で、体はあまりじろじろ見ないようにしてた。だから胸のこともすぐに気付かなかったのかも知れない。でも、首の後ろの痣とかは、今でもどうしても目がいってしまう。


『なかなかお風呂から出てこないから心配しちゃったよ。電話しようかって思った』


玲那からもそうメッセージをもらって、つい考え過ぎる癖はやっぱり要注意だなと改めて思った。


それから後は沙奈子を膝にいつも通りに寛いだ。画面の向こうでは、沙奈子と一緒に絵里奈も何か作ってた。フリマサイトに出す商品らしい。さすがに手慣れた感じで作業をしてる。それと同時に沙奈子にもちゃんと指示を出してるんだからすごい。


それかと思ったら玲那は僕とやり取りしながら、秋嶋あきしまさんたちともやり取りしてた。その中で何か驚いたような顔をしてそれからぱあっと笑顔になったりしてた。何事だろうと思ったら、


佐久瀬さくらいさんと美穂が正式に付き合い始めたんだって。佐久瀬さんが告白したって』


と、僕にメッセージが届いた。


佐久瀬さんって言ったら、沙奈子を見守るためだっていうんで僕たちの部屋に向けてカメラを仕掛けた人だよね。そう言えば玲那の友達と連絡を取り合ってるとか聞いてたけど、へえ、ちゃんと交流が続いてたんだ。


正直、カメラを仕掛けるような人だから少し心配もしてたんだけど、あれ以来、別に何か問題を起こしたりはしてないらしい。ちゃんと反省して改めてくれるんならまあいいかとも僕も思ってる。


秋嶋さんたちも相変わらず、沙奈子との距離感は守ってくれてるようだった。玲那の言うところによると、お互いに紳士協定のようなものを作って抜け駆けはしないと相互に監視し合ってるらしい。それが結果的にいいように働いてるなら僕からは口出しもしないよ。


玲那の事件は、秋嶋さんたちにも大きな影響を与えたとも言ってた。それまでは法律に触れるようなことでもそんなに大きなことじゃなかったら大したことじゃないって、例えば録画したアニメを違法にアップロードするとか程度のことはバレなきゃ大丈夫なんじゃないか程度に考えてたのが、『良くないことはやっぱり良くないんだ』っていうのを改めて実感させられたんだって。なにしろ、玲那くらい辛い目に遭っててそれでついって場合でもこれだけ大変なことになった上に有罪になるんだから、『この程度なら大丈夫』なんていうのは通じないっていうのも思い知らされる形になったって言ってた。


もし、玲那の事件がそういう形で役に立ってくれるんなら、それはそれでいいことだと思う。秋嶋さんたちが軽い気持ちで罪を犯すようなことがなくなってくれるんなら幸いだ。玲那はすごくいい子だ。自分に関わりのある人がそういう過ちをしてしまったらきっとショックを受ける。その心配が少しでも減るのは喜ばしいことだ。あの子の辛い顔はもう見たくない。辛い想いをする人が少しでも減ってくれればいい。


僕とやり取りしながら秋嶋さんたちともやり取りしてる玲那は、笑ったり感心したり驚いたりっていう忙しさだった。くるくる変わるその表情に、僕は少し見惚れてた。それと同時にちょっと思った。やっぱり、千早ちゃんに似てるなって。


もしかしたら千早ちゃんのあの明るさも、玲那のそれと同じ意味を持つものかもしれないなとも感じた。辛いことに向き合うために、自分にとって一番合う方法を身に着けていったのかも知れないって。それが千早ちゃんには合ってたのかも知れないって。千早ちゃんのあの明るさが玲那のそれと同じ仮面であっても、必要だからそうしてるなら、とやかく言うことじゃないよな。少なくとも、愛想よくできない僕や沙奈子に比べればずっと楽しい感じだし、見てる人をいい気分にしてくれる。


そういう明るさを押し付けてくるんならちょっと困るとしても、玲那も千早ちゃんもそうじゃないもんな。だったらそれでいいよね。僕たちは、玲那や千早ちゃんがその笑顔の奥で無理をしてないかっていうのを気を付けて見てあげればいいんだっていう気もする。玲那も千早ちゃんも頑張り屋だから、本人も気付かないうちに頑張り過ぎて疲れてしまうこともあるかも知れない。周りにいる僕たちが、それに気付いてあげればいいと思うんだ。


二人から元気をもらってるお返しのためにもね。


明日は千早ちゃんたちが手作り餃子を作りに来る日になってる。その次の土曜日は、星谷さんによると千早ちゃんとちょっと出掛けるところがあるのでお休みということだった。だから来週の土曜日に、絵里奈の叔父さんのところに挨拶に行こうと思う。いよいよってことかな。ちょっと身が引き締まる思いだけど、その前に明日の餃子づくりを無事に終えなきゃ。


それにしても手作り餃子か~。着々とレパートリーを増やしていってるな。この調子だと、千早ちゃんが、彼女んちの台所を切り盛りすることになる日も近いかも知れないな。うちの台所がすっかり沙奈子に切り盛りされてるみたいに。僕はすっかりただのアシスタントだよ。それで上手くいってるからいいけどさ。


そんなことを考えてる間にも10時になって、明日は土曜日だから少しくらいはと思ってたけどさすがに寝た方がいいよなってことで今日のところは寝ることにした。


「おやすみなさい」とみんなで挨拶をして、キスをする仕草をして、ビデオ通話も終了させた。


沙奈子と一緒に布団に横になると、今日の千早ちゃんの様子を聞いてみる。するとやっぱり『元気だった』と返事が返ってきた。でも、それでいい。元気なのが確認できたらいい。元気なふりをしてるだけなら、たぶん沙奈子には分かってしまう。沙奈子が元気だって言うんだったら元気なんだろうな。


「おやすみ」


僕が改めて額にキスをすると、沙奈子もお返しに頬にキスしてくれた。この習慣も、この子が思春期に本格的に入ったら、大人になって絵里奈や玲那みたいにあくまで挨拶だって思えるようになるまでお預けになるかもしれないな。だけどそれでもいい。この子が心穏やかでいられるなら。


そして僕たちは、柔らかい空気を感じながら眠りに落ちていったのだった。


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