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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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三百三 千早編 「学校のこと」

山仁やまひとさんは、『小説も書いてる』けど小説家というわけではないらしい。一番多い仕事はコラムとかで、高校時代のご友人が勤めてる出版社を中心に、細かい仕事を受けてるということだった。小説も本にはなってるけど、アニメとか漫画とかには詳しい玲那でさえタイトルを聞いてもピンとこないくらいらしかった。


『代表作って言えるものはないですよ』


以前、沙奈子を迎えに行ってた頃に玲那が『代表作は何ですか?』って聞いた時にはそう言って苦笑したそうだ。それを聞いて僕は後で山仁さんに、


『僕の家族が失礼をしました』


と謝った。でも山仁さんはぜんぜん気にしてなかったそうで、笑って許してくれた。その上で、


『私は筆が早いのだけが取り柄なので、他の作家さんの原稿が間に合わなかったり急病などの時に穴埋め的に書くことも多いから、小説の方は今ではそれ専門になってるんですよ。そのためのストックも用意してます』


とまで言ってた。


でも僕は、それを自虐的に笑い話にしてるっていう風には感じなかった。どうしても想定外のトラブルが起こることの多い業界なので、自分のように便利に使われる存在も必要なんだと、それが自分の役目なんだときちんと理解してるって思えた。自身の役目にちゃんと誇りと責任を持ってるんだって感じた。それに、山仁さんは文章を書くことが好きなのであって、それで人気を得たいとか注目を浴びたいとかは思ってないそうだった。あくまで仕事と割り切りつつ、その中で文章を書くことを楽しんでるってのいうのも伝わってきた。


なるほど、『職業・文筆業』ってことなんだ。それを活かして、警察とかが啓蒙活動なんかでよくやる寸劇のシナリオとかも書いてることで、顔見知りも多いってことだった。そっちも、昔の同級生のよしみがきっかけだったって。


『いわゆる器用貧乏なんでしょうね、私は』


穏やかに笑いつつ、そんな風にも言ってた。突出したものを持たない代わりにいつでも安定してそれなりのものを提供できること自体が自分の強みだとも。言われてみれば僕もそうかも知れない。でもそういう人間も世の中には必要なんだって思う。


個性個性と言われるけど、目立った部分がないということも逆に個性なんじゃないかな。それを活かせればいいって気もする。人気商売とかには向かなくても、誰もがそういう仕事に就く必要もないもんな。


そういうことも含めて、似た部分があるんだと改めて思った。だからこうやって無理せず付き合えるんだなって。


もし山仁さんがもっと強引で自分の主張とかを押し付けてくるようなタイプだったら僕はこんなに気軽に会ったりとか頼ったりとかできなかったと思う。僕に山仁さんを紹介してくれた、沙奈子が四年の時に担任だった水谷先生にも本当に感謝したいって素直に思える。だけど今の担任の先生も優しそうな人でホッとした。名前は確か、上谷かみや先生。


ああそうだ。学校のことで思い出した。去年は沙奈子が通い始めた頃にはすでにそういうのが決まったあとだったから僕には関係なかったPTAの委員とかについては、幸か不幸か僕は選ばれなかった。と言うか、立候補する人が多くてすぐに決まってしまったんだ。普通はもっとみんなが嫌がってなかなか決まらないって聞いてたのに、割ともう持ち回りだっていうのが徹底されてて、あらかじめ今年は無理だけど来年ならいいよって感じで大まかに決まってしまっているらしい。


そういうのを正式に決めるための懇談会で、お母さん同士が『今年は私がやるから来年はお願いね』って話をしてた。僕は何も言われてないし、そういう意味ではお鉢が回ってくる可能性は低いみたいだ。絵里奈が一緒に住んでないからどうしようか迷ってたのも何とかなりそうで安心した。


たぶん、沙奈子が千早ちゃんにきつく当たられてた時に学校がすごく丁寧に対応してくれたことで、『僕も何か学校に協力しなきゃ』って思ってたのと同じようなことがあったのかも知れないって気がした。もしこれが、子供がイジメられてるのを相談してるのに何も対応してくれないって感じだったら、『何もしてくれない学校なんかにどうして協力しなきゃいけないんだ』って思ってしまうのも分かる気もする。


沙奈子の時なんて、まだイジメっていうほどじゃなかったみたいなのにすごくちゃんとしてくれたもんな。でもそれって、問題が拗れてから解決しようとしたら手間も時間も余計にかかるから、早いうちに対処した方が結局は早いし楽だっていう合理的な考えだってことだと思う。それに何より、子供が良くないことをしたのならその時にちゃんと分かってもらえるようにしないとダメだっていう、当たり前の考え方なんじゃないかな。後になって『あの時はどうだったこうだった』って言っても、言った言わないの水掛け論になる場合もあるだろうから。


子供が誰かに意地悪なことをしたのなら、その場できちんと、何が悪かったのか、どうすれば良かったのかっていうのを分からせてあげるのが教育っていうもんだっていうのを今では実感してる。だから本当に、沙奈子があの学校に通うことになったのは運が良かったって感じてる。


なのにどうして、学校にイジメを訴えてたのに放っておかれて命まで落とす事件が後を絶たないんだろう。沙奈子がしてもらったのと同じことがどうして他の学校ではできなかったんだろう。それがすごく不思議なんだ。懇談会の時のお母さんたちが話してたことも、あの時にこうしてもらって助かったとか、自分の子供が他の子に意地悪をしてたのを教えてもらえてすぐに注意できたとか、決して沙奈子だけが特別扱いしてもらったわけじゃないっていうのが分かる話を、本当にただの雑談としてしてたんだ。だからみんな、学校に協力しようって思えるんだって分かった気もした。


それがどうして他の学校ではできないんだろう。僕が通ってた小学校でもできてなかった。先生の目の前で嫌がらせをされてたのに、注意を受けたのは嫌がらせをした方じゃなくて、された方の子だったりした。僕はそういうのを見て、大人なんて信用できないっていうのをますます募らせていったんだ。


もし、沙奈子が通ってた学校がそんな感じだったら?。千早ちゃんが沙奈子にきつく当たってるのを誰も対処してくれなくてエスカレートしていってたら?。


考えるのも怖い。下手をしたら何か事件になってたかも知れないし、そうしたら千早ちゃんは本当に『加害者』ってことになってたかも知れないんだ。あの、うちでホットケーキを焼いて『おいし~い!』とかにっこにこの笑顔で言ってる千早ちゃんはいなかったかも知れないんだ。そう思うと本当に怖い。


子供だから上手くできないことも多いと思う。間違ったこともたくさんすると思う。だけど、だからこそそういうのを、失敗したその時、間違ったことしたその時に『そうじゃないんだよ』と教えてあげることが大人の役目なんだと、つくづく思ったのだった。


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