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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百八十八 玲那編 「沙奈子の機転」

ギャラリーの一部でもあるその喫茶スペースは、すごく落ち着いた静かな空間だった。僕もこういう雰囲気は嫌いじゃない。そこに玲那と一緒に座って、二人でブレンドコーヒーを頼んだ。


注文を聞きに来た店員の女性の様子を見てたけど、玲那に気付いた様子はまったくなかった。さすがメイクの力ということなのかな。まあ、元々、こういうところの店員さんだからあんまりお客のことをジロジロ見たりしないだけかも知れないけどさ。


玲那は絵里奈のスマホを持って、僕とメッセージをやり取りした。他人から見たら、せっかく目の前にいるのに二人してスマホばっかりやってる変なカップルに見えたかもしれない。でもこれが今の僕たちの普通なんだ。


色々と話をしたけど、その中で、警察に押収された証拠品が今週末にも返ってくる予定だと言ってた。そうするとスマホもカメラもメモリーカードもHDDレコーダーも戻ってくるわけで、玲那はそれが楽しみで仕方なかったらしかった。だって、カメラの中にそのままになってた僕たちの写真も返ってくるんだから。


その上で、玲那は言った。


『お父さん。迷惑掛けてしまって、本当にごめんなさい』


僕のスマホに表示されるメッセージを見ながら、僕は頭を振った。そこからはもう、僕の方はアプリじゃなく、自分の声で話し掛けた。


「ううん。僕は大丈夫だよ。僕にとって玲那は大切な娘だ。子供に迷惑を掛けられるのは親の役目みたいなものだと思う。だから気にしてないよ。僕が心配してるのは、玲那のことだ。玲那の方こそ、大丈夫かい?」


僕の言葉に、玲那の目にはもう涙が滲んでた。大きく頷きながら、


『私は大丈夫。絵里奈もいてくれるから。それにお父さんが私のことを想ってくれてるのが分かるから。


こう言ったら変かもしれないけど、私、今の方がすごく幸せだっていう実感がある気がする。


私、こんなにもたくさんの人に大切に想ってもらえてたんだって、すっごくすっごく実感してる。


嬉しい。諦めなくて本当に良かった。生きてて良かったって本当に思ってる』


スマホを見詰める玲那の目から、涙がポロポロとこぼれてた。そんな玲那に向かって僕も言った。


「僕も玲那が生きててくれて本当に良かったって思ってる。いっぱい辛いことがあったかも知れないけど、これからは僕にもそれを背負わせてほしい。僕は玲那が大好きだよ。愛してる…」


すると玲那は顔を上げて、涙をいっぱいに溜めた目で僕を見て、『お父さん、大好き。愛してる』って唇を動かしてくれた。それに遅れて、アプリの方にもそうメッセージが届いた。


改めて僕は思った。玲那のお父さんになって良かったって。心からそう思える。それと同時に、こんないい子をあんな事件を起こすくらいに追い詰めてしまった状況というものの怖さも感じた。これからはもう、そんなことにはならないようにしなくちゃいけないって胸の奥の深いところから強く思えた。


さすがにこういうところで抱き締めるのもどうかと思ったからそこまではしなかったけど、本音では抱き締めてあげたかったりもしたのだった。




しばらくして落ち着いた頃、絵里奈と沙奈子も喫茶スペースの方にやってきた。沙奈子は僕の隣に座ってオレンジジュースを、絵里奈は玲那の隣に座ってブレンドコーヒーを注文した。僕と玲那もコーヒーのおかわりを頼んだ。


こういう人が多すぎない静かなところの方が沙奈子も好きみたいで、ホッとしてるのが分かる。それでいていくつも人形を見たのが嬉しかったみたいで、人形の話をしてくれた。僕にはその話の半分も理解できた気はしないけど、こうやって話に耳を傾けるのが大事なんだって思う。


とその時、喫茶スペースの方に3歳くらいの女の子を連れたお母さんらしい女性が入ってきた。そのお母さんと女の子は僕たちのテーブルからちょっとだけ離れたところに座って、何か注文してた。僕たちはその時点では別に意識してなかった。なのに注文したものが届いた時に、女の子が「これちがう!」と急に声を上げた。


「クリームソーダほしい、クリームソーダ、クリームソーダ!」


女の子はけっこう大きな声で何度も言った。さすがに僕たちも思わず見てしまった。テーブルの上には緑色のソフトドリンクが入ったグラスが置かれてた。メロンソーダってやつだと思った。そう言えばメニューを見た時、メロンソーダはあった気がする。でもクリームソーダはなかったみたいだ。だからお母さんは仕方なく、アイスクリームが乗っていないメロンソーダを頼んだんだろうなって思った。


クリームソーダが欲しいと駄々をこねる女の子に対し、お母さんらしい女性は困った顔で「これしかないから仕方ないでしょ」と言うばかりで取り付く島もない感じだった。すると女の子はさらに大きな声で、


「クリームソーダ!」


と言い張った。その瞬間、お母さんらしい女性の顔がスイッチを切り替えるみたいに明らかに苛立った顔になった。


「ないものはないの!、我慢しなさい!」


声はそんなに大きくないけど、どすを効かした、間違いなく女の子を恫喝するための言葉だった。すると女の子は椅子から転げ落ちるように床に寝そべって、「びええぇぇえぇえぇぇ~っ!」っと声を上げて泣き出した。


他のお客がその様子に振り返って眉をひそめてた。僕たちもさすがによその家のことに口出しするわけにもいかなくて、戸惑うしか出来なかった。


そんな風に大人たちが遠巻きに見てるだけの中、沙奈子が動いた。女の子のところに行って床に膝をついて、よしよしって感じで頭を撫でだした。


すると女の子は泣くのをやめて顔を上げて、沙奈子を見た。沙奈子は自分を見上げる女の子に向かって落ち着いた声で問い掛けた、


「クリームソーダってそんなにおいしいの?」


そう聞かれた女の子は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のまま大きく頷いた。それを見た沙奈子がさらに、


「クリームソーダってどんなのか、お姉ちゃんにおしえて」


って。そしたら女の子は立ち上がって涙も鼻も服の袖で拭って、「あのねあのね…!」とクリームソーダについて説明を始めた。沙奈子はそれにうんうんと頷きながら、テーブルの上にあった女の子のメロンソーダを指差して、「そこにアイスクリームが乗ってるんだね?」と女の子に聞いた。「うん!」と女の子が応えると、今度は僕に向かって、


「お父さん、アイスたのんでいい?」


と聞いてきた。「…ああ、いいよ」と僕が少し呆気に取られながら答えると、店員さんに向かって「バニラアイスください」と自分で頼んだ。そして店員さんがバニラアイスを持ってきてくれるとそれを受け取って聞いた。


「これ、メロンソーダのコップに入れても大丈夫ですか?」


店員さんが「はい」と言うのを確認した上で、沙奈子は女の子のメロンソーダをクリームソーダにしてしまったのだった。確かにそれは紛れもなくクリームソーダだった。メロンソーダの上にバニラアイスが乗った、正真正銘のクリームソーダだったんだ。


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