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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百八十二 玲那編 「ホッとできるひととき」

玲那のメッセージを読み上げながら、絵里奈は泣いてた。それを聞いてるみんなも泣いてた。星谷さんもハンカチを目頭にあててたし、山仁さんでさえ目が潤んでたと思う。もちろん僕も我慢しきれなかった。


玲那のメッセージは、彼女の心からのものだと僕には感じられた。あの子が本当に願ってたことだと思った。自分たちみたいな苦しみはもうこれっきりにしてほしいと玲那は思ってるんだ。


僕もそう思う。あの子と同じように苦しむ人は見たくない。玲那のメッセージがどれだけ世間に届くかは分からないし、もしかしたら誰にも届かないかも知れないけど、少なくとも僕はあの子の気持ちを受けとめたいと思った。


そんな感じでしばらくみんなで泣いちゃって、ようやく落ち着いてから今度は波多野さんの話に移った。


波多野さん自身に改めて弁護士を立てて、その上で刑事告訴の準備をしてるってことだった。ただ、証拠と言えるものが波多野さん自身がスマホに残したメモしかなくて、実際にはどこまで追求できるか未知数っていうことだった。でも、他にも被害者が名乗り出るっていうのは少なくとも今の事件にも影響する可能性は高いから無駄にはならないはずだという話だった。


星谷さんは相変わらずそういうことを淡々と説明してくれる。おかげで僕にも波多野さんが置かれてる状況が実感できる気がした。気がするだけだとしても、それで支えていけるならいいと思った。


波多野さんも唇をぐっと噛み締めて、これからのことに立ち向かおうとしてる気がした。


そう言えば、星谷さんもイチコさんも波多野さんも田上たのうえさんも、高校2年生になったんだよな。でも、本来ならまだまだ親に守られて進学のこととか将来のこととか考えなきゃいけないけどどこかまだ遠い未来のことのような気がしててっていう真っ最中のはずなのに、こんな風に理不尽なことと戦わなきゃいけないなんて、さっきの玲那のメッセージがますます刺さってくる気もする。


それでも、こうやって支えてくれる人の中にいられるだけ、波多野さんは恵まれてるのかもしれない。世の中には、それこそ一人きりでこういうことに立ち向かうことになってしまった人もいるかも知れないから。


ただ、やっぱり、そういうのは本来、ちゃんと血の繋がった両親であって欲しかったなっていうのも正直な気持ちだった。だけどそれと同時に、そういうのができない人たちだったからこんなことになってしまったんだろうなとも思った。


すごく残念だって思う。


僕の両親も、玲那の両親も、波多野さんのご両親も、誰も不幸になりたいとか思ってなかったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。何を間違ってしまったんだろう。玲那のメッセージがまた、僕の胸に刺さってくる。僕たちはそうならないようにしなきゃいけないと改めて思わされていた。


そんな感じで今日も終わって、僕は沙奈子を連れて家に帰った。そしてやっぱりすぐにお風呂のスイッチを入れて、それが沸くまで沙奈子と一緒にコタツに入った。ビデオ通話をONにして、「ただいま」と声を掛け合う。


今日も沙奈子は日記を書いた。内容は結局、ホットケーキのことだった。ほぼ毎週、日曜日はホットケーキを作ったことばかりになってた。そう言えばどこにも連れて行ってあげられてないからなあ。


またいつか、みんなで水族館に行きたいな。それが目下の僕の願いって感じか。


画面の中の絵里奈と玲那の後ろに、志緒里と兵長の姿も見えた。ようやく落ち着けたのかなって感じだった。相変わらず兵長が僕を睨み付けてくる気がする。『もっとしっかりしろ』と言われてる気もする。でも今は『そうですね』って応えられそうな気もしてた。できるかどうかは分からなくても、そうしようとは思えるから。


お風呂が用意できて沙奈子と一緒に入る。それでふと気付いた。『あれ?、また少し背が伸びたかな…?』って。そうだよね。この子が来てもうすぐ一年になるんだ。背だって伸びるさ。しかも11歳の誕生日も近い。


この子の誕生日は5月12日。去年は僕のところに来たばっかりでそれどころじゃなくて全く祝ってあげられなかったけど、今年はささやかでもいいから祝ってあげたい。


なんて、沙奈子の頭を洗ってあげながら考えてた。できれば四人で揃ってって思うけど、こればっかりは仕方ない。確か今年の5月12日は金曜日だったから、その翌日の土曜日に会えた時に改めてお祝いしてもいいかも知れない。


体も洗い終えて二人で湯船に浸かって、とろけたお餅みたいな沙奈子の様子を見ながら僕もとろけそうになる。あ~、このまま本当に溶けてしまいたいな~。なんてね。


さすがに気温は上がってきててもお風呂上りはまだまだ寒いし、ファンヒーターは使ってる。いつになったら要らなくなるかな。


部屋着に着替えて二人でコタツに入って、またビデオ通話を見ると玲那もお風呂から上がったところらしかった。髪型は変わっててもさすがにお風呂上がりの素顔だと、明らかに玲那だった。『にしし』って感じでちょっと悪戯っぽく笑うのも完全にあの子だ。あの格好いい大人な玲那も素敵だったけど、僕としてはやっぱりこっちの玲那が好きかも知れない。


ああでも、明日から沙奈子も学校だ。明日は始業式で給食もないけど、今日こそは早く寝なくちゃ。玲那にもそれを告げて、ついつい時間が過ぎてしまうのを気を付けようということになった。


給食がないから、千早ちゃんも一緒に山仁さんのところでお昼をいただくことになる。お弁当を持たせようかなと思ってたら、星谷さんたちの学校も明日は午前中で終わるしデリバリーを頼むから必要ないと言われた。しかし、玲那の弁護士の佐々本ささもとさんだけじゃなくて、波多野さんのお兄さんの弁護士も、今度お兄さんを刑事告訴するっていうことでその準備を手伝ってもらう弁護士も星谷さんが雇ってるんだろ?。さらに探偵とかまで雇って、本当にお金は大丈夫なんだろうか。まあきっと大丈夫だからやってるんだとは思うけどさ。僕には全く想像もできない金銭感覚だなあ。


そんなことを考えてる僕の膝でちょっとだけ莉奈の服作りをして、9時半には寝る用意をした。


「おやすみなさい」


みんなでキスをする真似をして、ビデオ通話を終了させて、僕は沙奈子と一緒に布団にもぐった。改めて「おやすみなさいのキス」を彼女の額にして、彼女からも頬にもらった。二人でぴったりと寄り添って、沙奈子の春休みの最後の日は終わりを告げようとしてた。


寝息を立て始めた彼女を見詰めながら、僕は、『大変なこともあるけどでもこうしてホッとできる一時ひとときもある日常』というものを改めて感じてたのだった。


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