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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百七十二 玲那編 「新しい形」

正直、執行猶予判決が出て釈放されても、本当にいろいろ忙しくなるらしい。引っ越しとかのこともそうだけど、証拠として押収されたものの中から返還されるものを受け取ったりもしないといけないと言ってた。


あと、拘留中に実のお父さんが亡くなったことで遺産相続とかの話もあったらしい。実家は土地付きの持ち家だったから、築年数は古くても処分すれば千数百万くらいにはなるって話だった。でも玲那は、佐々本ささもとさんにお願いして相続放棄の手続きをしてもらうって。あのお父さんの遺産なんて関わりたくもないっていうのが正直な気持ちらしかった。そして、後から考えてみると、その判断は正しかったかもしれない。なにしろこの後、その遺産を巡って親戚たちが何年にもわたって泥沼の争いを続けることになったそうだから…。


それと、これはまだ玲那には話してないけど、星谷ひかりたにさんが依頼した探偵の調査によると、玲那の実のお母さんは、お父さんの体の異変に薄々気付いてたらしかった。気付いてて、でもそのまま放置して手遅れになればいいと思ってるみたいな話を、知人にしてたって。そしてそれは見事に的中して、発見された時にはしっかりと手遅れだった。


だけどもしそれが本当なら、玲那の実のお父さんも、実のお母さんも、お互いに相手の死を願ってたっていうことになる…。


…なんだよ、それ。意味が分からないよ。あの子の実の両親がそんな人たちだなんて、本当に、そっちの方がよっぽどひどい罰じゃないか。玲那は、とんでもない『罰の前払い』を受けてたんじゃないかって気さえする。そこまでの目に遭ってきて、この上なんの罰が必要なんだよって思ってしまう。


だから、執行猶予が出たことは本当に良かったと思った。あの子はもう、十分すぎるほどに罰を受けてきた。それから思えばあの子がやったことなんて全然釣り合わないって考えてしまいそうになる。その考え方は正しくないって分かってるけど、気持ちの上で納得できないんだ。あの子が受けた苦しみを、誰が、どうやって贖ってくれるんだって…。


けれど、その義務を負いそうな人はもういない。実のお父さんも、実のお母さんも、もういない。あの子を苦しめ続けた人たちは、その責任も取らずに逃げるようにしていなくなってしまった。


『ちくしょう…、ふざけるなよ……』


僕はぎりぎりと胸を締め付けられるような感覚を覚えて、なかなか寝付けなかった。玲那が戻ってきたことで少し気持ちに余裕ができたことが、分かってたはずなのに頭に浮かんでこなかったいろんなことを呼び覚ます形になってしまったのは、本当に皮肉な話だと思ったのだった。




翌朝、金曜日。外が明るくなってきたのを感じて眠りが浅くなってきた時、何かいい匂いがしてる気がしてハッと目が覚めた。まさか?と思ってキッチンの方を見た。するとそこにいたのは、絵里奈じゃなかった。もちろん玲那でもない。


「沙奈子…?」


その時、僕は思い出していた。夢の中で沙奈子に『コンロ使っていい?』って聞かれた気がして『いいよ』って応えたことを。って、あれ、夢じゃなかったのか。本当に沙奈子が僕に聞いてきて、寝ぼけたままでそう応えたんだっていうのが分かった。


僕の声に気付いた沙奈子が振り向いて、「おはよう、お父さん」って言ってきた。僕も「お、おはよう…」ってちょっと戸惑った感じで応えてた。


起き上がって改めて見ると、コンロにかけられたフライパンの中に、アルミホイルに包まれたものがあった。匂いからすると間違いなく魚だ。沙奈子が朝食を作ってくれてたのか。ご飯は昨夜のうちに用意してタイマーをセットしてあったけど、まさか沙奈子が朝食を用意してくれるとは思ってなかった。僕としては、また、以前のようにトーストで済ますつもりだったから。


そうか…、この子は、絵里奈がいない分を自分が補おうとしてくれてるんだ。なんて…、なんてしっかりした優しい子なんだろう……。今はまだ全然、親に甘えきってても何もおかしくない歳なのに……。


「沙奈子、ありがとう……」


僕は、そう言うしかできなかった。ホントなら僕がそうするべきところを、この子は自分でやってくれてるんだ。僕よりよっぽどちゃんとしてるよ。本当にすごい。


それからは僕も手伝って、一緒に朝食の用意をした。これからは、絵里奈の代わりに沙奈子と一緒に朝食の用意をすることにしよう。その分、夜は早めに寝た方がいいかなと思った。でないと沙奈子の方が寝不足になってしまう。どうせ残業はなくなったんだ。早く帰れるんだから寝るのも早くしても問題ない。


生活は少し厳しくなるけど、残業がなくなったことは何も悪いことばかりじゃないと思った。今年はエアコンを点けっぱなしには出来ないかも知れなくても、沙奈子もちゃんと自分で判断できるようになってきてる。成長してる。無理はしなくていいって言ったらそれを守ってくれるはずだ。だから大丈夫っていう気がする。


と、僕のスマホにメッセージが入ったのに気が付いた。絵里奈からだった。『おはよう』って。僕も『おはよう』って返して、さっそくビデオ通話をONにした。すると画面に現れたのは玲那だった。そうか、絵里奈のスマホを使ってるからか。


改めて「おはよう」って言った後、沙奈子にも向けてあげた。


「おはよう、お姉ちゃん」


そう言った沙奈子に対して、『おはよう』ってテキストメッセージが届いた。それから画面の外から、


「玲那~、起きてるんなら手伝って~」


と、絵里奈の声が聞こえてきた。きっと朝食の用意をしてたんだろうな。そうして玲那が画面からいなくなった間に僕たちも用意を済ませて、コタツの上にスマホを立てて、みんなが揃ったところで四人で手を合わせて言った。


「いただきます」


これからはこういう形で、なるべくお互いの生活パターンを合わせて一緒に行動することにしたんだ。これなら、部屋は別々でも気持ちの上では近くに感じられると思うし。便利な世の中になったなあと思った。


朝食を食べて、僕は仕事に行く用意をして、沙奈子は山仁やまひとさんのところに行く用意をして、


「いってきます」


って絵里奈と玲那に言うと、二人からも『いってらっしゃい』って言ってもらえた。


沙奈子と一緒に家を出て、まず山仁さんの家に向かう。スマホを使ってずっとやり取りしてもいいのかも知れないけど、僕はいずれ沙奈子がスマホとか持つようになっても歩きスマホとかして欲しくないからそういうのはしないことにしてた。親が歩きスマホしてたんじゃ、子供に『するな』って言えないもんね。


山仁さんの家に着くと、さっそく大希ひろきくんが「おはよう」と出迎えてくれた。この子も本当に沙奈子のことを大切に思ってくれてるんだなってすごく感じた。


そして、沙奈子と大希くんに見送られながら、僕は改めて会社へと向かったのだった。


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