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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百六十四 玲那編 「急転する事態」

木曜日。沙奈子と絵里奈に見送られて仕事に向かった僕は、当然、心を閉ざして仕事だけに集中した。


そして定時で仕事を上がって、玲那のお見舞いに行った。彼女も僕を笑顔で迎えてくれて、本当にただちょっと怪我をして入院して暇を持て余してる感じになっていた。それが事実だったら良かったのに…。


『お父さん、ありがとう』


横になった玲那の唇がそう動いたのが分かった。彼女が眠ったのを確認して、僕は家に帰った。家では沙奈子と絵里奈が「おかえりなさい」と迎えてくれた。もう既にこれが日常になりつつあるのを感じてた。


でもまだこれからが本番なんだ。大変なのはこれからなんだ。それはちゃんと意識しておかないといけないと思った。


この日も三人で寄り添って眠って、心を穏やかにするようにした。


そして金曜日。もう当たり前のようにただ仕事をこなし、定時で上がって玲那のお見舞いに向かうバスの中で、僕のスマホに着信があった。見ると山仁やまひとさんだった。


「はい」


とにかく用件だけ確認しようと小さな声で電話に出た僕に、山仁さんが信じられないことを伝えてきた。


「玲那さんのお父さんが、逮捕されたそうです」


それは、まだニュースにもなってない情報だった。星谷ひかりたにさんが探偵から聞いて、それを山仁さんに伝えたものだった。


「容疑は、玲那さんの実のお母さんが亡くなった事故についての過失致死のようですが」


過失致死…?。星谷さんが以前に言ってたのとは違ってる。でも不意に、頭に浮かんでくる考えがあった。


…そうか、結局、殺人容疑で逮捕できるだけの証拠が集まらなかったということか…。


残念とかという感じじゃなかったけど何だか気が抜けたような感じがしたのは正直な気持ちだった。それと同時に、実のお父さんが逮捕されるようなことをしていたというのが確かだったんだというのも感じた。


だけど…、だけど玲那はどう思ってるんだろう…?。あの手紙を読む限りだと、玲那はお母さんが亡くなった経緯については知らなかったようにも思える。だとしたら、このことを知ったらどう思うんだろう…?。


そんなことを考えながら玲那の病室に行くと、彼女の方から言ってきた。


『お父さん、あの人が逮捕されたの知ってる?』


一瞬驚いた僕だったけど、彼女から説明されたことで納得できた。刑事の権藤さんがそれっぽいことを言ってたらしい。それどころか、実のお父さんがお母さんを死なせたらしいことについても聞いてたってことだった。でも玲那はそこまで知らなくて…。


ただ、彼女には予感があったみたいだった。実のお母さんが亡くなった原因に、実のお父さんが関わってるかも知れないっていうことを。だから今回の逮捕についてもそれほど驚かなかったということだった。


しかし、玲那より先にあっちが逮捕されるとは、僕も思っていなかった。こうなると、彼女の方が重傷で回復に時間がかかってることが逆に幸いしたとも言えそうだ。


このことが玲那の事件にどう影響するのかは、僕には分からない。ただ、本来は被害者だったはずの向こうが、過失とはいえ自分の奥さんを死なせた加害者という事実が明るみに出たことは大きい気がする。とは言え、それでも殺人未遂と過失致死では、その差は大きいのかもしれない。


正直、玲那の実のお父さんが殺人容疑で逮捕されるのを心のどこかで期待してた自分がいたことに、僕は情けない気分にもなった。この子にとって少しでも有利になって欲しいからってそんなことを望むなんて、何て浅ましいんだろう…。


でもそれは、玲那も同じみたいだった。自分の罪が軽くなるのを期待してたわけじゃないにしても、実のお父さんのやってたことがちゃんと暴かれて罪に問われることを心のどこかで望んでて、でもそれを望んでる自分が悲しかったらしかった。


『私、悪い娘だよね』


スケッチブックにそう書いて僕に見せる彼女に、僕は頭を振るしかできなかった。だって、その時の玲那の表情は、ものすごく苦しそうだったから…。この子がどれほどの葛藤の中で生きてきたのかと思えば、それを『悪い』とかとても言えなかった。


僕に向かって両手を差し出す彼女を抱き締めて、この子の苦しみが少しでも和らぐようにと心から願った。


玲那がまた寝たのを確かめた後で、僕は家に帰った。すると絵里奈の方には、星谷さんから連絡が入っていたということだった。


「これからどうなるんでしょう…」


それは僕に問い掛けてるというより、ただの独り言って感じだった。でもその辛そうな姿に、僕は絵里奈を抱き締めるしかできなかった。すると沙奈子も傍に寄ってきて、また三人で抱き合った。


絵里奈が感じてる不安は、僕の不安でもあった。余計に先が見えない感じになってきた気もする。それを抱えたまま、僕たちは翌日の土曜日に、また山仁さんのところに集まることになったのだった。




「残念ながら、玲那さんの実のお母さんが亡くなった件については、殺人事件として立件できそうなだけの情報が集まらなかったようです」


いつものようにみんなで集まった席で星谷さんが説明してくれた内容は、僕の想像とほぼ同じ内容だった。ただ、内容はさすがに詳細で、玲那の実のお母さんが亡くなった時の状況についても説明があった。


それによると、家のベランダが痛んで危険な状態になっているにも拘らずそれを放置したことで、実のお母さんが壊れたベランダから転落。脳挫傷と頸椎骨折で亡くなったということらしかった。だから、ベランダが危険な状態なのを知りながら対処せず放置したことにより事故を招いたという過失致死の容疑が掛けられてるっていうことらしい。


だけどそれは表向きのことで、決して確実ではないけどいつかそうなることを狙ってわざと放置してたということを、警察としては立証することを目指してたらしかった。でも、起こるかどうか分からない事故を、玲那の実のお母さんが気を付けるだけで回避できる程度のことを狙ってたというだけでは、『殺人』とはとても言えないというのが現実らしかった。


それでも、これからの取り調べの中で強い殺意を持ってたみたいなことを引き出せたなら、容疑を殺人に切り替えることができるかもしれないということを期待して、逮捕に踏み切ったみたいだった。証拠隠滅とか関係者との口裏合わせも防がなきゃいけないということもあるらしい。


とは言え、その話は探偵が集めてきた情報を基にしたもので、どこまで事実かどうかは現時点では不明な点があるというのも承知しておいてほしいと星谷さんが言ってた。いずれ警察から正式な発表があるだろうから、確かなことはそれを待つことになるんだろうな。


その話を聞いて、僕は、玲那の実のお父さんの強かさみたいなものを感じてた。本当に、恐ろしい人だって思ったのだった。


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