二百六十 玲那編 「調査報告」
少し落ち着いてから、僕たちは三人で買い物に出かけた。帰ってきてから夕食を食べて、また山仁さんの家に行った。
「いらっしゃい!」
「沙奈ちゃんこんばんは!」
いつも通り大希くんと千早ちゃんに迎えられて、沙奈子は一階で三人で遊ぶことになった。僕と絵里奈はそのまま二階へと上がると、すでにみんな揃っていた。
僕と絵里奈が座ると、さっそく星谷さんが僕たちの方を向いて話し出した。
「今日は、私が調査を依頼していた探偵事務所からの中間報告をお伝えしたいと思います」
探偵事務所…?。そういえばそんなこと言ってたな。もう始めてたんだ。と僕はこの時驚いていたけれど、星谷さんは冗談でそんなことを言う人じゃないと僕はまだ完全には分かってなかったんだって今は思う。彼女の行動力は本当にすごいものだった。
呆気にとられる僕を置き去りにして星谷さんは報告を始めた。
「まずは、玲那さんの過去についてですが、当時のことを知る人が複数見付かったそうです。その方の証言によると、確かに小学四年生の女の子がグループにいるという話を聞いたことがあるとのことでした。当該の女の子が玲那さんであるという確証はまだですが、状況から見てほぼ間違いないと思います。ただ残念ながら、裁判で証言していただけるという確約もまだなので、現在、弁護士を通じて交渉を続けると同時に他にも当時のことを知る人を探しています」
だって。たったこれだけの時間でそんなことまで分かったのか…!?。僕がようやく今の状況を受け入れてこれからのことに覚悟を決めてってしてる間に、星谷さんはそこまでやってたなんて…。あまりにもレベルが違い過ぎて理解すら追いつかなかった。実際に調査したのは探偵事務所でも、それを指示したのは星谷さんだもんな。
それから、弁護士っていうのは佐々本さんのことかな?。佐々本さんからは何も聞いてなかったけど、デリケートな話だから敢えて言わなかったのかもしれないと思った。
さらに星谷さんは続けた。
「また、玲那さんの実のお父さんについての身辺調査でも、かなりダークな人であることが分かってきました。いずれも証拠不十分で不起訴になったようですが、現在確認が取れただけでも脅迫容疑で二回、詐欺容疑で一回、書類送検されています。それだけではありません。玲那さんの実のお母さんと結婚する以前に付き合っていた女性が亡くなっているのですが、それも一時、不審死として警察が捜査していたようです。そちらも確たる証拠が得られず結局は事故として処理され、事情を聞かれただけで済んだようですが」
そのあまりの内容に、僕と絵里奈だけじゃなくてその場にいた全員が呆然としてる状態だった。もしそれが本当なら、どうしてそんなのが今まで放っておかれたんだ…?。
なおも星谷さんは続ける。
「このような背景がある人物なので、実は警察も今回の事件が起こってから本格的に過去の事件の洗い出しを行い、そして玲那さんが知ってしまったかもしれないことについて確かなものを得ようとしているようです」
そこまで言ったところで、星谷さんが改めて僕たちを見た。キッとした力が込められた視線だった。だから思わず僕たちも背筋が伸びてしまった。
「玲那さんの実のお母さんが亡くなった真相について、警察は威信を賭けて捜査していると思われます。これまでに何度も煮え湯を飲まされた人物を、今度こそ司法の場に引きずり出すために」
僕は、言葉もなく息を呑むしかできなかった。そんな僕に向かって星谷さんが言った。
「今回の件は、警察に全面的に協力することが、結果として玲那さんを救うことになるかもしれません」
そう言われるまでもなく、僕は警察には協力するつもりだった。弁護士には協力してもらうにしても、それは警察を困らせるとか捜査の邪魔をするとかそんなつもりは全く無かった。でもこう言われると、ますます積極的に協力すべきかも知れないと思わされた。
それにしても、聞けば聞くほど、どうしてそんな人が玲那の実のお父さんなんだって気がしてしまう。神様とかが本当にいるのなら、どうしてそんな人のところに玲那を送り出したんだとも思ってしまう。分かっててそんなことをしたのなら、僕はその神様とやらを恨んでしまいそうだ。本当に、冗談じゃない…!。と、その時。
「山下さん!」
不意に波多野さんが僕たちの方を見て声を上げた。
「あたしも聞いてるだけで頭がおかしくなりそうだよ。マジで許せない!。そんな奴から玲那さんを守ってあげてください。あたしも協力します!。何ができるか分かんないけど…!」
涙目になりながらそう言ってくれる波多野さんに、僕も込み上げるものを感じてしまった。自分も大変なのに、そんな風に言ってくれるなんて、口は悪いのかも知れないけど、本当は優しい子なんだなっていうのが改めて分かった気がした。
星谷さんの話は衝撃的だったけど、僕たちはやっぱりまた励まされる形で山仁さんの家を後にしたのだった。
家に戻ると、沙奈子と絵里奈はお風呂に入った。僕はまたいろいろと考えを整理しないといけないと思った。
絵里奈と玲那が一緒に住むという話は、最終的には玲那の判断次第だけど、僕としてはそういう選択もありなのかなという気にもなってた。あくまで一時的にそうするだけという前提だけど。
それから星谷さんの話はいろいろと濃密過ぎて、正直、まだ追いつけてないところがあった。それが本当なら、玲那の実のお父さんはどこまで玲那のことを苦しめるつもりなんだろうっていう気もする。そして、そういうことを調べ上げる探偵っていうものが少し怖いとも思ってしまった。
星谷さんが言ってた。警察と違って捕まえたりするわけじゃないし、警察では認められてない誘導尋問とかも駆使して聞き出したりするらしい。それに玲那が昔やらされてたことについては、それに関わった人もみんな時効が成立してるから罪に問われることもないしそれを説明すれば割と聞き出しやすいというのもあったってことだった。
でもそれにしたって関わった人を探し出したっていうだけでもすごすぎる気がする。ただこれも、一度そういう形で関わった人間は意外といつまでもその人の近くにいることも多いっていうのもあるらしかった。自分のことを誰かにばらされるかも知れないという不安で、ついつい様子が分かるところに留まってしまうという心理が働くんだとか。
そういう諸々のノウハウを駆使して、警察ではできないアプローチを掛けたりするのが探偵だとも言ってた。すごいけどやっぱり怖いよ。自分のことも調べられたりしたら丸裸にされそうで。
ただ今は、それが心強いとも正直思ったりもしたんだけどね。




