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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百五十九 玲那編 「スルースキル」

「僕は、こういうのにいちいち反論しても意味がないと思ってます。この人たちは玲那のことを知らないし、知ろうとも思ってないんでしょう。知ってしまったら自分のやってることが正義なんかじゃないっていうのが分かってしまうから知りたくないんだと思います。こういう人はいくらでもいて、いくら相手してもキリがありません。だから僕はこういうのは徹底的にスルーします。


玲那のことは僕たちが知ってればいいんだと思います。僕たちがちゃんと、玲那がそうじゃないんだっていうのを知ってればいいんです。どこの誰かも分からない人が何を言ってたって関係ありません」


見てしまったらスルーしきれないから見ない。僕はそう決めてた。そういうのを見て心を乱されてしまったりイライラしてしまって、沙奈子や絵里奈の前でそんな姿を見せてしまうのも嫌だった。


もちろん、それは僕のやり方っていうだけだから秋嶋さんたちにもそうしろっていう訳じゃない。でも、自分のことでそうやって正義に見せかけた悪意に秋嶋さんたちが神経をすり減らすことを玲那が喜ぶとも思えなかった。


「…分かりました。なるべく気にしないようにはします……」


秋嶋さんはそう言ってくれたけど、正直、本当に見ないようにできるか、スルーできるかって言ったら分からない。僕は秋嶋さんじゃないし、彼のこともよく知らないし。秋嶋さんだけじゃない。他の人たちのこともそうだ。


「それじゃ、僕はこれで…」


そう言って部屋を出ようとした時、


「すいません…!」


と呼び止められた。秋嶋さんじゃなかった。振り返った僕の前に、少しふっくらした感じの、でも印象としては秋嶋さんと同じようにおどおどして視線が定まらない大学生くらいの男の人の姿があった。するとその人は、いきなり頭を深々と下げて、


「ご…、ごめんなさい…!。カメラ仕掛けたことずっと謝りたくて、でも怖くて…、こんな時に言うことじゃないかも知れませんけど、本当にごめんなさい…!」


カメラ…?。ああ、この人がカメラの…。『こんな時』って、本当にそうだよ。ちゃんと話の流れに添ってタイミングを考えてくれないと意味が分からないよ。


突然の謝罪に僕も戸惑ってしまって、頭が上手く働かなかった。だけど…。


だけど、そんな風に思った後で、考えてしまった。


『僕に、この人たちのことをとやかく言う資格があるのか…?』


って。


僕自身、人と関わるのが苦手で上手く話しとかできなくて相手を不快にさせてしまうこともきっとあったはずだ。そんな僕がこの人たちが上手くできないのを批判できるんだろうか…。


たぶん、違うと思う。僕が秋嶋さんたちの様子を不快に感じてしまってたりしたのは、たぶんそれが自分のダメな部分を見せ付けられたような気がしたからなんじゃないかなって感じた。少なくとも、沙奈子が来る前の僕もきっとこんな感じだったはずだ。あの子がいるからちょっとでもしっかりしなきゃって思って大人ぶろうとしてただけで、本質的な部分だと今でもほとんど変わってない気もする。


そうだ。僕はぜんぜん立派な人間じゃない。自分にできることを何とかやろうとしてるだけの、ちっぽけな臆病者だ。それを思ったら、今こうして謝ってくれるだけでもすごいことなんじゃないかな。


「はい、玲那からも聞いてます。そう思っていただけてるんなら、もう大丈夫です。同じようなことしないでいただけるんなら」


なんて、この時の僕の言い方も、後から考えるともうちょっと別の言い方ができたんじゃないかって気もした。やっぱり、秋嶋さんたちのことをとやかく言うとかできないなあ。


こうして、ちょっとだけ秋嶋さんたちとの距離が縮まった気がして、僕は自分の部屋に帰ったのだった。




「どうでした…?」


部屋に戻ると絵里奈が僕にそう聞いてきた。何の用だったのか気になってたんだと思った。


「ネットで玲那へのバッシングが酷いっていうことだよ。きっとそうだろうなって思って僕は見ないようにしてたんだけどね」


僕の言葉に、絵里奈はうなだれてた。


「そうですよね…、やっぱりそうだったんですね……。私も怖くて見られませんでした…。何言われてるかって、想像するのも怖くて……」


絞り出すようにそう言った彼女を、僕はそっと抱き締めていた。そんな僕と絵里奈を、沙奈子は黙って見てた。また無表情な感じで。


「おいで…」


僕はそんな沙奈子に声を掛けて、三人で抱き合った。そうするしかできなかった。


昨日は久しぶりにこの子の笑顔を見られたのに、今日はまたこの感じなのかって思った。仕方ないのは分かってても、苦しいのは変わらなかった。これからもこういうことはあるだろう。以前のようにこの子がいつでも笑っていられるようになるのは、いつになるかな……。


たぶん、一ヶ月や二ヶ月じゃ済まないだろうっていうのは考えなくても分かる。以前と同じように玲那がこの部屋で笑ってられるようになるまでは無理っていう気もする。だから、早くても数年はかかるんじゃないかな……。


それでも…。


それでもいつかはと思う。いつか、この先の未来で、以前と同じように笑ってられる日も来ると思う。それまで僕たちは、とにかく毎日を無事に過ごしていこう。そうしていればいずれその日にはたどり着けるはずだ。


自分の身に降りかかったことを嘆いてるだけじゃ何も変わらない。変わらないどころか自分の大切なものを守ることさえおぼつかない。僕はそんなことをしていたくない。だから考える。考え過ぎることもあるとしても、でも僕にはそれしかできない。今は笑うことができなくても、負けないように折れないように自分に言い聞かせて一日一日を乗り切っていく。それが僕の、僕たちのやり方だ。


それに、苦しんでるのは僕たちだけじゃない。波多野さんなんて、両親に頼ることさえできない状態みたいだし。どっちが悪いなんてことを言い合って自分の娘が苦しんでるのにそれを他人に任せきりなんて、本当に何をやってるんだろうっていう気がしてしまう。僕はそうはなりたくない。


何が悪かったとか誰が悪かったとか、そんなの状況が落ち着いてから考えても遅くないと思う。僕も責任についてはついつい考えてしまってるのは事実だけれど、それは責任を追及するためにしてることじゃない。自分を奮い立たせるためにやってることだ。僕の責任なんだから、僕がめげてちゃ駄目だって。


たとえ何年かかっても、僕は諦めない。四人でちゃんと家族として生きることも、沙奈子が穏やかに笑っていられる毎日も。だから、『世間』なんていう、僕たちが勝てるはずのない怪物にケンカを売ったりもしない。小動物は小動物らしく、姿を隠して息を潜めて通り過ぎるのを待つだけだ。


そういう生き方を笑うなら笑ってくれてもいい。だけど心が穏やかでいられるなら、それは決して間違いじゃないと僕は思ってるのだった。


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