二千五百七十三 沙奈子編 「必ずしも健全とは」
沙奈子は、僕とは『別の人間』だ。それは、
『決して僕とは同じになれないし、何もかもが僕の思い通りにはならない』
という何よりの証拠なんだ。その現実を僕はしっかりと認めていきたい。そうやって自分に言い聞かせていないと、人間というのはすぐに自分に都合よく物事を捻じ曲げてしまう生き物だと僕は感じてる。
お小遣いの件についても、彼女がそれをどう受け止めていたのかは、彼女自身の認識の問題だ。僕がそれをどうこうすることはできない。しちゃいけない。僕の認識を一方的に押し付けようとするのは、
『彼女を人間として認めていない』
というのに他ならないから。
だけどその上で、
「これから沙奈子は今よりもっとたくさんお金を受け取ることになるけど、使う時はよく考えて、後悔しない使い方を心掛けてね」
と告げた。
これに対しては、
「うん。分かってる。それにあんまり欲しいものとかないし……」
だって。
『欲しいものがない。だからお金を使わない』
これは、一見すると『清貧』みたいに思えるかもしれないけど、僕はそういうことにして素直に受け入れる気にはあまりなれなかった。『物欲があまりない』というのは、必ずしも健全とは言えないんじゃないかな?とも思うんだ。
僕自身、『欲しいもの』というのはあまりない。お酒も好きじゃないし煙草も吸わない。賭け事もしない。それ自体は別に悪いこととは思わないにしても、『欲しいものさえない』というのは何か歪だと、自分でも感じるんだ。そのおかげで今の収入でも困ってないのは事実でも、蓄えもできつつあるのは事実でも、それを『いいことだ』と手放しで喜ぶのも何か違う気がするんだよ。
だから、
「そうだね。ただ、別に無理して使う必要もないけど、必要な時にはちゃんと使うのも大事だよ。ドレス作りに必要なことについては、ちゃんと使ってるみたいにね」
とも。これには沙奈子も、
「もちろんそうしようと思ってる。だから、洋裁の専門学校に行くことになったら自分のお金でと思ってるんだ」
って。
確かに、もう今の時点で入学金も当面の授業料も払えるくらいの貯えはある。『普通の高校生』で彼女ほどお金を持ってる子もそうはいないんじゃないかな。でも、
「そっか。そういう気持ちがあるのは立派だと思う。だけど、前にも言ったとおり、学費くらいはお父さんに出させてほしいかな。それがお父さんにとっての『必要なお金』だし」
と言わせてもらったんだ。
これも紛れもない本音だよ。




