二千五百六十三 沙奈子編 「無理に仲良くする」
『絵里奈や玲那と初めて一緒に行った海水浴場で拾った貝殻でデコレートした紙のドールハウス』
夏休みの工作として作ったそれが千早ちゃんに壊されてしまったのもあって、
『学校に行きたくない』
と沙奈子が僕に打ち明けてくれたんだったな。そして僕はそのことを、
『嫌なこともあるかもしれないけど、頑張って学校に行こう』
みたいに無責任な激励はしたくなかった。
だってそうだよね?。『頑張って』って言うってことは、その時点まで、
『あなたは頑張ってなかった』
って言ってるみたいなものだと思うし。
だけど沙奈子は、夏休み前から千早ちゃんにきつく当たられてて、それを嫌だと感じてたけど頑張って学校に行ってたんだ。その頑張りをなかったことにされるような言い方をされたら、心が折れてしまっても無理はない気がする。
もちろん、言った方にはそんな意図はなかったんだとしても、
『言葉だけじゃ伝わらない』
と言うのなら、
『言葉だけで自分の意図を確実に完璧に相手に伝えることは無理』
ということのはずだから、当人の頑張りをなかったことにしてしまうような言い方になってしまう可能性だってあるというのは、分かるんじゃないのかな?。
少なくとも僕はそう感じるんだけどな。
だったら沙奈子のこれまでの頑張りに敬意を払うためにも、敢えて『頑張れ』とは言わないでおこうと思うし、今までもそう言わないようにしてきたつもりなんだ。
そう言えば、千早ちゃんとのことで『学校に行きたいのに行くのが不安』ってなってた時にも、僕はとにかく無理はしないように願ってた覚えがある。
『いそくらさんが、ごめんなさいって言ってくれたの…』
と報告してくれたことに対してつい、
『どう?。仲良くなれそう?』
と聞いてしまったら、沙奈子が素直に、ちょっと困ったような表情をして首をかしげてしまったのも思い出した。
『誰とでも仲良くしましょう』
みたいに、特に小学校の頃には言われたりするけど、それを言ってる教師は、他の教師全員と仲良くしてるの?。生徒の保護者全員と仲良くしてるの?。そんなことをできてる教師が、いったい、どれだけいるって言うの?。
その点、沙奈子が通ってた小学校では、『誰とでも仲良くしましょう』みたいな言い方はされなかったらしいね。あくまでも、
『誰かを傷付けようとするのは好ましくない』
という言い方をしてただけみたいだ。
『誰かを傷付けようとしない』
だけなら、なにも別に無理に仲良くする必要もないからね。




