二千四百九十九 沙奈子編 「私の時間」
五月一日。月曜日。曇りのち雨。
「私の母親は言うんですよ。『子供なんか持ったって損するだけだ』って。自分の子供の前でですよ?。本当に何なんでしょう。あの人は」
今日、昼休憩の時に、田上さんがそんなことを言ってたそうだ。それを言ってる時の田上さんは、『悲しそう』や『怒ってる』と言うよりはただただ呆れ顔で。
「私も親になりましたけど、沙奈子ちゃんや玲緒奈の前でそんなことだけは言うまいと強く思いましたね」
仕事から帰ってきて、夕食の後に玲緒奈を膝に抱いて寛いでた絵里奈がそう言った。
「うん。僕もそれはすごく思う」
僕はそう応えた上で、
「沙奈子のこともそうだけど、玲緒奈が来てくれてもっと実感したよ。僕にとって子供がいるっていうのは、損とか得とかで考えることじゃないんだなって。でもその上で損か得かって考えたら、間違いなく『得』だと思う。だって、楽しいんだよ。確かに大変なこともあったりしたけど、それでも楽しいんだ。それに、趣味とかでも、大変だったり辛かったりすることってあるんじゃないかな。
だけど、自分が好きでやってる趣味って、『大変だから損してる』とか考えないよね。僕にとっては沙奈子や玲緒奈のことはまさしくそれなんだ。大変なことがあっても、結局は楽しいんだよ。だから損とか得とかの話じゃないけど、強いて言うなら得しかしてない」
沙奈子も一緒にリビングで寛いでる中で、はっきりとそう言わせてもらった。
そうなんだ。それが僕の『本音』だよ。気取ってるわけでも格好をつけてるわけでもない。僕は、沙奈子や玲緒奈と暮らしていられるのがただただ楽しいんだ。こうやって楽しめてるというのは、『得してる』って十分言えると思うんだけどな。
そして、
「お金も確かにたくさん必要だったりするけど、趣味だって、お金をたくさん使うことはあるよね。でも、それを『損』だと考える人ってあんまりいないんじゃないかな。趣味に関しては。自分が楽しめるからお金の問題じゃないって思ってる人が多いんじゃないかな。僕も、沙奈子や玲緒奈のために使うお金は、ぜんぜん惜しいとか思わないし、損してるとも思わない。『自分の時間がなくなる』みたいな話も、沙奈子や玲緒奈のために使う時間は、そのまま僕にとっても楽しい時間だから、それがもう『僕にとっての自分の時間』なんだよね」
とも。
すると絵里奈も、
「私もそうです。沙奈子ちゃんや玲緒奈のために使う時間は、『私の時間』ですね。楽しいからなんにも惜しくない。と言うか、これからも積極的に使いたいです」
嬉しそうに言ってくれたんだ。




