二千四百四十五 沙奈子編 「信頼される父親に」
三月八日。水曜日。晴れ。
今日はすごく暖かかった。『春の陽気』って感じかな。
僕は決して、
『娘が目の前で裸になっても平気でいられるほど信頼される父親になるべきだ』
とか言いたいわけじゃないんだ。僕自身、そうなろうとしてたわけじゃく、たまたまそうなっただけでしかないし。それと同時に、沙奈子が僕の前でも平気で裸になれることについて攻撃されるのも望んでない。僕や沙奈子の感覚を『理解できない』人がいるのは事実だと思うしそのことを批判するつもりはまったくないけど、だからって攻撃されて平気ってわけでもないんだよ。
あくまで、
『自分は他の誰かからの配慮を期待するのに、自分は他の誰かに対して配慮することはしないの?』
と疑問に感じるだけなんだ。『多様性の問題』『ジェンダーの問題』についても結局はそうだよね。自分の方ばかり配慮してもらうことを望むから衝突するんだよね?。そしてそうやって衝突してる人たちが『他人の気持ちが分かる人になりなさい』『他人の痛みが分かる人になりなさい』みたいなことを口にしてたら、
『どうして自分がしてることについては棚に上げてるんだろう?』
としか思わないんだよ。
僕たちの在り方はあくまで僕たちの中だけで成立してるものだ。それを他の誰かにまで押し付けるつもりは毛頭ないし、逆に僕たちの在り方について批判されたりすることも望んでない。そうやって平穏な毎日を自分から壊していくこともしたくないし、壊されたくもないんだ。
同性だからって無遠慮でいていいわけじゃないのは事実なんじゃないかな。そして、同性だからって強引に迫ったりしていいわけじゃないのも事実なんじゃないかな。沙奈子が僕の前で平気で裸になれるのは、僕たちの関係性が大前提であって、彼女は大希くんや結人くんや一真くんの前でまで平気で裸になれるわけじゃないし、同性である千早ちゃんや篠原さんの前でも、平気で裸になれるわけじゃないんだ。『性自認云々以前の話』として、
『自分と自分以外には認識の違いがある』
という事実を認めない限りは、結局は上手くいかないんじゃないかな。『多様性を認める』というのは、
『相手に対して一方的に配慮を求める』
ことじゃないと思うんだ。配慮してもらいたいなら自分も相手に配慮しないといけないと僕は感じてる。そういう実感がある。それがある程度はできてるからこそ、僕たちは平穏でいられてるんだ。
僕にとっては、自分の前で沙奈子が裸になることも大した問題じゃないし、そんなに気になることでもない。そして沙奈子も、僕の前だからこそ平気でも、異性である大希くんや結人くんや一真くんの前ではもちろん、同性であるはずの千早ちゃんや篠原さんの前でも、遠慮もしてくれる。それが大事だと思う。




