二百四十一 玲那編 「僕と絵里奈の誓い」
人間は一人では生きていけないってことを痛感する。僕一人だけじゃ、玲那どころか沙奈子さえ守ることができる気がしない。アニメやドラマの中だと、ここで主人公が一念発起して大車輪の活躍を見せたりするんだろう。だけど普通はそんなことできないだろ。アニメやドラマの中でやってることがどれだけ参考になるかって言ったら、少なくとも僕にとっては何の参考にもならない。
だけどその一方で、今の僕の周りには多くの人がいる。僕は今、一人じゃない。たくさんの人と出会ってたくさんの人に支えられて、僕はここにいる。助けられてばかりで本当に申し訳ないけど、今はあえてそれに縋ってでも僕にできることをする。
馬鹿にしたいならすればいい。でも、僕にとって必要なのは、家族が守れるかどうかってことなんだ。僕のメンツやプライドなんかどうでもいい。使えるものが身近にあるなら何だって使ってやる。生きるって本来、そういうもんだっていうのをすごく感じてる。
僕と絵里奈が落ち着いたと言うか開き直れたからか、沙奈子もだいぶ落ち着いた気がする。あんなに不安そうだったのに、絵里奈と一緒に泣いてたのに、甘えてぴったりとくっついてきてるのは今もそうだけど、それでも精神的には安定してきてる気がする。
そうだ。沙奈子も僕たちと一緒に玲那のために頑張ってくれてるんだと思う。沙奈子も僕たちの家族の一人として、玲那の帰る場所を守るために力になろうとしてくれてるんだと思う。
「お父さん、おねえちゃん、帰ってくるよね?」
そろそろ寝ようとした時、沙奈子がそう聞いてきた。僕を真っ直ぐに見詰めて、はっきりとした口調で聞いてきた。昼間、絵里奈と一緒に泣いてばっかりだったこの子が、今は力強ささえ感じる。それを見ると、昼間のこの子は、精神的にガタガタだった僕と絵里奈の影響を強く受けてたっていうのもあるのかもしれないってやっぱり思う。それを考えると、僕たちが泣き言ばっかり言ってたらダメだっていうのも感じる。
絵里奈には、僕たちは家族なんだから見栄を張る必要も強がる必要も無いとは言ったけど、それと同時に子供たちの前では泣いてばかりもいられないのも事実だっていう気がする。親が泣いてばかりだったら、子供たちは不安だもんな。
特に玲那に対しては、僕たちが苦しんでるっていう姿を見せたくない。自分のやったことが僕たちを苦しめてるって思うと、きっとあの子は自分を許せなくなる。自分を責めてしまう。自分の所為だって強く思ってしまう。そんな風には思わせたくない。
あの子はもう、十分苦しんだはずなんだ。今の沙奈子と同じくらいの頃から苦しんで苦しんで、どうしようもなくなってパニックを起こしたんだと思う。もしかしたら最後の一押しみたいな何かがあったのかもしれないけど、でもそれ以前の積み重ねがなかったら、あの子はその時だけの苛立ちとかで人を刺したりしないはずだ。あの子がそういう子じゃないことだけは確かだ。ずっと苦しんできたからこんなことになってしまったはずなんだ。だからもう、苦しむ必要はないと思う。少なくとも僕たちは、あの子を苦しめる必要を感じない。
あの子が目を覚ました時、僕たちは笑顔で迎えてあげたい。結局、嬉しくて泣いてしまったりするとしても、笑った顔で泣きたい。
「もちろん、帰ってくるよ。だからその時は、『おかえりなさい』って笑顔で言ってあげなきゃね」
僕ははっきりと、きっぱりと、沙奈子の目を見てそう言った。すると沙奈子も、
「うん、分かった」
って言ってくれた。
警察署で、絵里奈が話を聞かれてる間にこの子を抱いて待っていた時、この子の体温や鼓動を感じてると、僕はすごく自分の中に力が戻ってくるのを感じた。この子が僕を正気に引き戻してくれたのを感じた。もしかすると、僕がこの子を守ってるつもりでも、本当は僕がこの子に守られてるのかもしれないっていう気もする。
それがどちらでもいい。結果としてこの子と家族が守られることになるんだったら、細かいことはどうだっていい。家族がみんなで、それぞれを支え合えるんだったら、こんなに素晴らしいことはないんじゃないかな。僕はそれを沙奈子から教わったって改めて思う。
沙奈子。玲那と同じく、僕の大切な娘。そしてきっと、僕たち家族の要でもある存在。この子がいてくれれば、僕は挫けずにいられる気が確かにするんだ。
三人で布団に入って、ようやく、この大変だった一日が終わろうとしてた。とんでもない一日だったけど、でもいろんなことを思って、気付いて、考えることが出来た一日だっていう気もする。
僕と絵里奈に挟まれるようにして、沙奈子は穏やかに寝息を立てていた。それを聞いてると、すごくホッとする。安心する。良かったと思える。
これからも、毎日のように挫けそうになることがあるかもしれない。だけど毎日毎日、こうやって乗り切って、この子の穏やかな寝息を聞ければ、いつかはこの苦しさも、嵐も、過ぎ去ってしまうんじゃないかな。一日一日を無事に終えられれば、いつかは安らげる日も来るんじゃないかな。
そんな風に思いながら、僕は沙奈子を挟んで絵里奈と見つめ合っていた。
そうだ。沙奈子だけじゃない。絵里奈もいてくれたから、僕は正気を取り戻すことが出来たんだと思う。沙奈子と抱き合う絵里奈の姿を見たから、僕が守らなきゃってもっと強く思えたんだと思う。同時に、絵里奈も僕や沙奈子を守ってくれてるんだ。泣いてばっかりでボロボロだったように見えても、僕が話を聞かれてた時に沙奈子を守ってくれてたのは間違いなく絵里奈だ。絵里奈がいてくれたから、沙奈子は児童相談所の時みたいにならずに済んだんだって思える。
それに、山仁さんのところで玲那がどれほど辛い経験をしてきたかということをきちんと語ってくれたのも絵里奈だ。あの時にはもう、絵里奈もすっかり正気に戻ってた。あんなに泣いてガタガタになってたのに、ちゃんと戻ってきてくれた。それだけでもすごいことなんじゃないかな。
沙奈子と玲那を守るために、絵里奈も自分を取り戻してくれたんだ。
「絵里奈…。僕と一緒に、これからも沙奈子と玲那を守って欲しい……」
決して大きな声じゃないけど、でもはっきりと僕はそう言った。
絵里奈はしっかりと僕を見て、「はい」と頷いてくれた。その上で、
「私の方こそ、お願いします。沙奈子ちゃんと玲那を守れる力を貸してください。私、達さんと一緒なら、できる気がします」
と、沙奈子を抱いていた手を僕の方に差し出して言ってくれた。僕は絵里奈の手に自分の指を絡ませて握った。彼女も僕の手を強く握り返した。ボロボロに泣いてた時の姿からは想像できないくらい確かな力だった。それが僕の中にも流れ込んでくるような気がした。
「守ろう。僕と絵里奈で。沙奈子と玲那と、僕たちの家庭を……」
僕たちはこうして、力を合わせて家族を守っていくことを改めて誓い合ったのだった。




