二百四十 玲那編 「愛する娘のために」
これからもお互いに連絡を取り合って、力を合わせて一緒に子供たちを守っていくということを確認して、僕たちは山仁さんの家を後にした。来る前と来てからでは、自分でもまるで生まれ変わったみたいに力が戻ってきてるのを感じてた。絵里奈もそうだった。結局メイクもしてない上に何度も泣いてボロボロの顔だったけど、目には力が戻ってる気がした。
沙奈子は沙奈子で、大希くんや千早ちゃんと一緒にいられたことで気がまぎれたのか、やっぱり落ち着いた感じだった。
家に帰ると、絵里奈は沙奈子と一緒にお風呂に入って、僕はその間に今後のことを改めて整理しようと思った。だけどその時、玄関のチャイムが鳴らされた。誰だろうと思ってドアスコープを見ると、秋嶋さんがそこに立ってた。しかも秋嶋さんだけじゃない。他にも何人かいるのが見えた。
何事と思ってドアを開けると、秋嶋さんと一緒にいた若い男の人たちが、一斉に頭を下げて、
「僕たちにも、玲那さんの力にならせてください!」
って。
わけが分からず呆然としてた僕に秋嶋さんが、
「玲那さんがあんなことするなんて、よっぽどのことがあったんですよね?。玲那さん、あんなことする人じゃないですもんね?。だから僕たちも、玲那さんを守るために何か力になれればと思ってるんです」
と、やけに早口な感じで一気にそう言ってきた。少し間をおいて意味が浸みこんできて、僕はそこにいる人たちを見回していた。どうやらこのアパートの住人の人たちみたいだった。みんないかにも引っ込み思案そうな大人しそうな人たちだった。たぶん、オタクって言われる感じなんだろうなとは思った。そしたら口々に、
「玲那さんはすごく優しくて僕たちみたいのでもちゃんと相手してくれて、話を聞いてくれて、すごく楽しいって思わせてくれたんです」
「僕は生身の女の人と話とかするの苦手だったんですけど、玲那さんのおかげでちょっとだけ話ができるようになったんです」
「僕も最初は沙奈子ちゃんのファンだったんですけど、玲那さんのことも今はファンです。応援したいです」
「僕たちにもできることあるんじゃないかってみんなで話し合って決めたんです。玲那さんを支えたいです!」
だって。
正直、『なんだこれ?』って感じだった。何の冗談なんだろうって思った。だけどその後で分かってきた。これが、玲那が培ってきたものなんだって。この人たちと関わって、話をして、談笑して、何度も集まって、そうやってあの子が培ってきたものが、今、こうして形になったんだって分かった気がした。だから自然に、当たり前みたいに、僕は頭を下げていた。
「ありがとうございます。皆さんの気持ち、玲那にもきっと伝わると思います。本当にありがとうございます」
僕がすごく深々と頭を下げたからか、秋嶋さんたちも頭を下げて、恐縮してるのが伝わってきた。そんな中、秋嶋さんが、
「それで、玲那さんの様子はどうなんですか…?」
そうだ。ニュースでは意識不明の重体ってだけだったから、秋嶋さんたちにはそれこそ何も分からないはずだ。だから、
「今は、集中治療室で治療中です。意識もまだ戻ってないみたいです。医師の話だと、辛うじて安定はしてるそうですけど、まだ油断はできない感じだそうです。そんなわけで、詳しい事情とかは今のところまったく何も分かってません。なのでとにかく玲那の回復を祈ってあげてください。よろしくお願いします」
と正直に説明して、また頭を下げた。秋嶋さんたちも、とにかく今は玲那の回復を祈るということで理解してもらうと、それぞれの部屋に帰っていった。
つい玄関を開けっぱなしで話してたから部屋が冷えてしまってて、ファンヒーターがごーって感じで全力運転になってた。ようやく部屋が温まった頃、沙奈子と絵里奈がお風呂から出て来た。部屋着に着替えた絵里奈が言った。
「秋嶋さん、ですか?」
玄関を開けたまま話してたから、お風呂に入ってた絵里奈にも聞こえてたようだった。僕が頷くと、
「こんなことになっても玲那の味方になってくれる人がまだいるんですね…」
って、また目を潤ませながら呟くように言った。「そうだね」って僕も応えた。
本音を言えば、秋嶋さんたちに何ができるのかよく分からないっていうのはある。だけど、あんな事件を起こしてしまった玲那を守ろうと思ってくれてるっていうだけでもありがたかった。励まされる気がした。でもそれは、やっぱり玲那自身が育んだものなんだなって思った。玲那が自分で、秋嶋さんたちの信頼を勝ち取ってきたから、信じてもらえるんだなっていうのを感じた。結局、自分がやったことが自分に返ってくるんだっていうことなんだろうな。
玲那…、玲那のことを大切に想ってくれる人は僕たち三人以外にもちゃんといるよ。だから帰ってきてほしい。どんなに遠回りになっても構わない。どんなに時間がかかっても構わない。ここが玲那の帰る場所だ。僕はそれを守る。玲那が帰ってくるのをいつまででも待ってる。
僕もお風呂に入り、昨日よりは少しだけ落ち着いた感じでそれからの時間を過ごした。沙奈子は山仁さんの家で、宿題のプリントを大希くんから受け取って済ましてた。残りのドリルとかは、僕がお風呂に入ってる間に絵里奈と一緒に終わらせたらしい。こんな時だっていうのに偉いな、沙奈子は。
起こってしまったことは、どんなに泣いたって悔やんだって無かったことになってはくれない。そうじゃなかった頃には決して戻れない。だけど、これからだって僕たちは生きていくし、その上で過ごしていく日常がこれからもあるはずなんだ。
うん、そうだよ。玲那が目を覚ました時、僕たちがいなかったりしたらそれこそあの子はどうなるんだ。そんなこと、考えたくもない。こんなに大変なことになってしまった上に一人になってしまうとか、ありえない。
僕も、沙奈子も、絵里奈も、玲那が帰ってくるのを待ってる。僕たちは家族だ。血の繋がった家族には恵まれなかったかも知れないけど、でも僕たちは出会って、そしてお互いに求め合って家族になった。僕は玲那を大切に想ってる。娘として。だから僕は玲那を決して見捨てない。親として、あの子の罪を一緒に背負って支えていく。例え咎人になったとしても、あの子は僕の娘だ。それは変わらない。
僕は守る。玲那の帰る場所を。その為にも、沙奈子のことも、絵里奈のことも、僕は守る。今まで通りの生活はできないかも知れなくても、玲那が帰ってくる場所だけは守ってみせる。それしか僕にはできないし、きっと僕にしかできないことだと思う。なに、何も分からない状態で沙奈子と一緒に生きてこれたんだ。その時のことを思えば何とかなるさ。
愛してるよ、玲那。君は、僕の大切な娘だ。




