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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百三十三 玲那編 「終わる日常」

日曜日の朝。昨日から降り出した雪は、これまで見たことのない勢いで積もり、僕も絵里奈も玲那も初めて見る光景を作り出してた。


「ふわ~!」


沙奈子はそれを見た途端、そんな感じで驚きの声を上げた。雪が降ったことも多少積もったこともこれまでにも何度かあったけど、ここまでのものは経験がなかった。


「すごいですね…」


玄関を開けて立ち尽くしつつ、絵里奈が呟いた。でも玲那は、


「うお~っ!、みなぎってきたあぁ~!!」


と声を上げて、


「沙奈子ちゃん!、雪だるまだ!、雪だるまを作るぞ!!」


って言いながら雪を丸めて転がし始めた。沙奈子も嬉しそうに、「雪だるま!」って玲那の真似をして雪の球を作ってそれを転がしていく。すると見る間に雪玉は大きくなり、沙奈子一人の力じゃ動かない大きさになり、それを僕と絵里奈も手伝って更に大きくして、直径だけで70センチは確実にある大きな雪玉を作って玄関の前に置いたのだった。そこに玲那が、


「うお~し、がったぁぁい!、ガシーン!!」


と、僕たち三人で作ったのよりは小さい、でも抱えるのがやっとの雪玉を乗せて、沙奈子の顔まである雪だるまの体が出来上がった。


「うはは!、すげ~っ!!」


玲那はすごく興奮した感じでそう言って、まだ顔もない雪だるまの横に、僕と絵里奈と沙奈子を立たせて、デジタル一眼レフを持ってきて三脚を立てて置いて、タイマーを使ってみんなで写真を撮った。


それから家の中にあった調味料の蓋とかペットボトルの蓋とかをいくつも並べて貼り付けて、雪だるまの顔も完成させて、まずは僕と沙奈子と絵里奈と一緒に写真に撮った。


だけどその時、玲那のスマホに着信があって、それを見た瞬間、あんなにハイテンションで笑顔だった彼女の顔が凍り付くみたいに血の気が引くのを僕は見てしまったのだった。


「玲那…?」


思わず声を掛けた僕に対しても、彼女は応えることがなかったんだ。




それは、玲那の親戚の人からの電話だった。そして、訃報だった。玲那のお母さんが突然亡くなったというものだった。もちろん、血の繋がった本当のお母さんの方だ。


「…うん、…うん、分かった……」


そう言って電話を切って僕たちの方を見た玲那の顔が、今でも頭から離れない。あの、苦しいのか悲しいのか怖いのか嫌なのか全く分からない、そういう負の感情全部を混ぜ合わせて形にしたみたいな、僕ではとても言い表すことができない表情だった。


「今夜お通夜だって…。やっぱり行かなきゃいけないよね……。実の母親だもんね…」


部屋に戻って、一緒にコタツに入って冷えた体を温めながら、玲那は僕たちとは目を合わさずに呟くようにそう言った。それは、僕たちに聞かせようというより、自分自身に言い聞かせようとしてるかのようだった。


そんな玲那に絵里奈は言った。


「玲那、無理はしなくていいと思うよ。ね…?」


それはどこか、縋り付くような感じの、まるでお願いしてるみたいな言い方だった。『行かせたくない』という気持ちがありありと伝わってきてた。


だけど玲那は言った。


「でも…、実の母親だもん…、私を生んでくれた人だもん…、あの人がいたから私もここに居られるんだもん……。いろいろあっても、だけどそういうのがあったから、こうして絵里奈と出会えて、沙奈子ちゃんとも出会えて、お父さんの娘になることができたんだもん…。それは確かなんだよ…。だから、最後の挨拶くらいはしないといけないって気がするんだ…。ケジメとしてね……」


絞り出すようにそう言う彼女に対して、僕は何も言えなかった。


玲那は今、一生懸命考えてる。自分の過去と向き合うために、そういうものときちんと折り合いをつけるために、勇気を振り絞ろうとしてる。僕にはそういう風にも見えた。


彼女は、僕たちとは目を合わせないまま顔をあげて、立ち上がった。バッグに財布やスマホを詰め込んで、上着を出してそれを身に着けた。険しい顔だった。口を固く結んで、何かを決心したように真っ直ぐ前だけを見詰めてた。そんな自分を不安そうに見つめる絵里奈には、結局、顔を向けようともしなかった。絵里奈の顔を見てしまうと、決心が揺らいでしまうからって感じだったのかもしれない。


僕も、やっぱり何も言えずに彼女が出掛ける用意をするのを見守っただけだった。もしこれが沙奈子だったとしたら、僕は何か言えただろうか…?。沙奈子の実のお母さんが見付かって、でもそれが訃報だったとして、そのお母さんに最後の挨拶をすると言って出掛けようとする沙奈子に対して何か言えたんだろうか……。


分からない。それに、そんな仮定は意味がない気もする。沙奈子は沙奈子、玲那は玲那だ。今、玲那自身がそうしようとしてるのなら、僕が勝手なことを言うべきじゃない気がした。


ふと沙奈子の方を見ると、彼女もすごく不安そうな顔をしていた。僕を見上げて、何か言いたそうにしてる気がした。なのに僕は、なぜかは分からないけど、その視線から目を逸らしてしまった。もしかしたら、『おねえちゃんを止めて』って言いたいんだと気付いてしまったのに、無意識のうちにそれに気付かないふりをしてしまったのかもしれない。


用意を済ませ、僕たちに背を向けたままバッグを背負った玲那は、そのまま動かなかった。何秒か、何十秒かは分からないけど、ただ固まったように動かなかった。


でも、しばらくすると、「うん!」と声を上げ、ぱあんと自分の頬を両手で叩いて、「よし、行くか!」って力を入れるのが分かった。だけどやっぱり、僕たちの方を見ようとはしなかった。


雪が積もってるからか、普段は履いてなかったブーツを出してきて玄関でそれに足を突っ込み立ち上がって、ガンガンと玄関の床を足で踏み付け、さらに「うおーし!」と声を上げて、鍵を開けてドアを開いた。


真っ白になった外の景色が僕たちの目に飛び込んできて、硬く凍えた空気がぶわっと部屋に流れ込んできた。ファンヒーターも使って温めたそこが、一瞬で何度も気温が下がるのが分かった。


ドアノブに手を掛けたまま、また玲那が少し動きを止めた。顔は外に向けたままだったから、どんな表情をしてたのかは分からなかった。だけど、今から思えば、この時、玲那は僕に引きとめてほしかったのかもしれない。僕に、


『行かなくていい、行くな、ここにいろ!』


って言ってほしかったのかもしれない。なのにこの時の僕は、彼女が沙奈子と違って大人だっていうことを過信していたんだと思う。体は大人だけど、その中身は沙奈子と変わらないってことを忘れてたんだって思う。僕はそれを、死ぬまで後悔することになった。


「じゃ、行ってくる…」


それまで一切、こちらを見ようとしなかった玲那が僕たちの方を向いて、少し困ったみたいに笑いながらそう言った。それが、僕たちが聞いた彼女の最後の声になったのだった……。


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