二千三百二十五 SANA編 「その決断を認める」
十一月八日。火曜日。晴れ。
「千晶姉えも、ちょっと迷ってるみたいです」
今日も篠原さんと時間を過ごしてから帰ってきた千早ちゃんがそう言った。山仁さんにも相談して、
「もし生んだ上で育てられないってなったら、私も協力するよ」
って言ってもらえたそうだ。山仁さんがそう言ってくれたことは本当に心強い。山仁さん自身、おっぱいをあげること以外はすべてイチコさんと大希くんの時に経験してるし、イチコさんを成人するまで育てたベテラン親だからね。
さらに、
「生むってんなら、本人に育てさせるのは俺は反対だ。俺の母親と同じことになる気しかしないしな」
結人くんは、やっぱり険しい表情でそう言った。その上で、
「俺たちで育てるってんなら、協力する」
とも言ってくれた。不実な自分の実の親に対する反抗心もあるんだとしても、琴美ちゃんへの接し方を見てると、彼のその言葉が決してカッコつけやその場のノリで言ってるだけのものじゃないのは分かるんだ。もちろん、今の彼がそのまま赤ん坊を育てられるとは思わないから、あくまで手伝ってもらうだけになるとは思うけどね。
加えて一真くんも、
「小さい子供の世話なら、琴美の相手で慣れてるしな。おむつ替えだってできるよ」
自分の胸をドンと叩きながら言う。そこに大希くんも、
「僕だって、何ができるかは分からないけど、ミルクくらいなら作れるんじゃないかな」
とも。さらに沙奈子が、
「私も。お父さんにしてもらったことを、私みたいな子にしてあげたい」
そう口にした。かつては自分のことだけで手一杯だったはずの彼女がそんな風に言える事実に、胸が熱くなる。実際に沙奈子は、玲緒奈のこともちゃんと受け止めてくれてる。具体的な『世話』という話だとまだまだ頼りなくても、この世界に一方的に放り出された子供を受け止めてくれる人がいるというのは本当に大事だと僕は痛感してる。玲緒奈の様子を見ててなおさら思い知ったよ。僕たちがちゃんと受け止められてる玲緒奈は、自分の命を楽しむことができてるんだ。毎日、自分が生きてることをとことん楽しんでる。
千晶さんの子供についてどうなるかは分からない。千晶さん自身がどういう決心をするのか、それは千晶さん自身の問題だから。僕たちにできるのは、どっちの決断をしても、その決断を認めること。
ただ、いつまでもその決断を先延ばしにはできないのも事実だよね。生む方はともかく、堕胎するなら期限があるわけだから。その期限を過ぎると合法的に堕胎できないようになるし。




