二千二百六十六 SANA編 「まさにこれから」
九月十日。土曜日。晴れ。
今日は琴美ちゃんの誕生日。
土曜授業もなかったことから、朝から千早ちゃんがケーキを焼いてくれていた。エプロンドレス姿で。
「琴美のために、ありがとう」
「いやいや、琴美ちゃん、いい子だし!。こんくらい余裕余裕!」
千早ちゃんが言うように、琴美ちゃんも、沙奈子と同じで愛想はないけど、少なくとも今は誰かに対して理不尽なことはしてないからね。
ただそれも、『これまでそういうことがなかった』『これからもそういうことがない』というのを保証はしてくれない。
『これまでにそういうことがあった』としてもそれについてはもう起こってしまったものだからなかったことにはできなくても、『これからもそういうことがない』ようには、『そういうことをする必要がない』ようには、していってあげないとと思う。
それが、琴美ちゃんのすぐ身近にいる大人である僕たちの役目だと思うんだ。
沙奈子が誰かに対して理不尽に振る舞う必要がないみたいにね。千早ちゃんや結人くんが誰かに対して理不尽に振る舞う必要がなくなったみたいにね。
『他の誰かに対して理不尽に振る舞う必要がない』
ということの重要さを実感する。
人間は弱い生き物だから、自分が虐げられてると感じると、周りから理不尽なことをされていると感じると、それを言い訳にして『他人の所為』『社会の所為』にして自分も同じようにしていいと考えてしまいがちなのは分かってる。他でもない僕自身にそういう部分が確かにあるんだ。だけどそれを、沙奈子や絵里奈や玲那が抑えてくれてるんだよ。山仁さんや星谷さんやイチコさんや波多野さんや田上さんや鷲崎さんが抑えてくれてるんだ。
だったら、琴美ちゃんに対してもそういう存在になりたい。
「……食べていいん……?」
自分の前に出されたバースデイケーキを見て、琴美ちゃんはそう聞いた。自分の名前まで書かれたそれについてそんな風に確認せずにいられないほど、彼女は自分の親に裏切られ続けてきた。だけど、
「もちろん!。なんなら全部食べたっていいんだよ!。だってこれは琴美ちゃんのケーキだからさ!」
千早ちゃんが満面の笑顔でそう口にする。そうだ。琴美ちゃんがこの世界に生まれてきたことを、千早ちゃんも、沙奈子も、大希くんも、結人くんも、一真くんも、僕も、絵里奈も、玲那も、受け入れてる。これはそれを形にしたものだ。
僕も沙奈子ももう自分がここにいていい実感がすごくあるからこんな風にわざわざイベントとして形にしてもらわなくても平気だけど、琴美ちゃんがそれを実感するのは、まさに『これから』だからね。




