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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百二十五 玲那編 「呼び方」

新年早々重苦しい気分にさせられながらも、沙奈子の前ではなるべく明るく振る舞うように努めた。彼女を山仁やまひとさんの家まで送ってから会社に行った。


大希ひろきくんと並んで『いってらっしゃい』と僕たちを見送ってくれた彼女も、なるべく明るく振る舞おうとしてくれてる気がした。僕たちに心配かけないようにしてくれてるのかもって思った。


でもこういう時、大希くんとか千早ちはやちゃんがいてくれるのはすごく助かるというのは正直言ってある。さらに山仁さんもイチコさんも星谷ひかりたにさんもいてくれる。本当に本当に助かってる。いつかそのお返しができたらいいな…。


そんなことを思いながらオフィスについて、すっかり片付けられてしまった英田あいださんの机を見て、僕はまた胸が詰まるような気持ちになった。英田さんがいったいどんな悪いことをしたんだって思った。確かに愛想良くはできなかったかも知れないけど、そんなの、ここまでの目に遭わされなきゃならないようなことじゃないはずだよな。


納得できない。とか言ってても、結局は何もできないんだけどね…。


しかも、さらに気分が悪いのは、同僚たちが英田さんの分の仕事を振り分けられたことを、あからさまに口に出して英田さんを責めることだった。だからと言ってここで僕が同僚たちに噛み付いたって、ただトラブルが増えるだけで何も解決しないのも分かってる。分かってるから何も言わない。そう、そんなことを考えてたってどうにもならない。僕はただ、僕の仕事を果たすだけだ。それに集中すればいい。心を閉ざして、思考を単純化して、仕事のことだけを考える。僕にはそれができるはずだ。


という感じで、とにかく午前中の仕事を終わらせた。


昼休憩。社員食堂で絵里奈や玲那と顔を合わせると、さすがに昨日よりは落ち着いた顔をしてた。職場が一緒じゃないだけでもかなり違うだろうからね。それで考えたら、僕と一緒だったのは、僕たちにとっては不幸中の幸いだったかもしれない。心を閉ざしてただ仕事だけするっていうの、慣れてるから。


それでも、いくら人間関係を避けようとしてても、そこで起こることまでは回避できないけどさ。


何とか三人でお互いを励まし合って、午後の仕事に入った。おかげで何とかなりそうだ。


英田さんの分の仕事も振り分けられた分、少し帰るのが遅くなってしまった。家に着いたらもう9時半だった。だけど三人に「おかえりなさい」って言ってもらえたら、それだけでもう報われた気がする。この顔を見る為に頑張ったんだって思える。


お風呂に入って座椅子に座ると、三人から『おつかれさまのキス』をもらった。僕も三人に『ありがとう』のキスを返した。


髪を乾かしたら、今日はもうこれで寝ることにした。沙奈子も眠そうにしてたし。でも寝る時、山仁さんの家でどんなことをしてたのかっていうのを聞いてみた。すると、


「イチコおねえちゃんや、ピカおねえちゃんや、カナおねえちゃんや、フミおねえちゃんや、ひろきくんや、ちはやちゃんとお勉強したりゲームしたりした」


って話だった。絵里奈や玲那が沙奈子から聞いてた話でも、大体そんな感じらしかった。って、また新しい人の名前が出てきたな。『フミおねえちゃん』?。と思ったら、田上文たのうえふみさんっていう、イチコさんの同級生の女の子らしかった。


しかし、こうして冷静に見てみると、男の子は大希くんだけか?。すごい状態だなあ。高校生のお姉さんと同級生の女の子に囲まれた毎日なのか。羨ましがる人もいそうだな。僕はあまり気にならないけど。と思ってたら、実は大希くんの男の子の友達も、たまに遊びに来たり、外に遊びに行ったりしてるらしい。山仁さんの家の前で縄跳びをして遊んだりもするそうだ。


しかも大希くん、最近はお父さんからクリスマスのプレゼントとしてもらったラジコンにハマって、男の子の友達とそれで遊んだりしてるらしかった。その間、沙奈子はどうしてるかと言ったら、山仁さんの家の中で、千早ちゃんたちとボードゲームしてたりするらしい。


…あれ?。そう言えば、なんかちょっと違和感があったな…?。って、そうだ、沙奈子、確か、大希くんのこと『ひろきくん』って言ってたよな?。千早ちゃんのことも『ちはやちゃん』って。


以前は確か、『やまひとさん』、『いそくらさん』って名字で呼んでたはず。それが、冬休みに入って朝から夕方まで山仁さんの家で一緒にいたことで名前を呼ぶようになったのかな?。


僕はそれを確かめるために、沙奈子にちょっと聞いてみた。


「大希くんとか千早ちゃんのことも、名前で呼ぶようになったの?」


その質問に、彼女は「うん」と頷いた。


「カナおねえちゃんが、『みんな名前でよぶようにしようよ』って言ってくれた…」


だって。へえ、そうなんだ。


沙奈子はどうしても自分から積極的に距離を縮めていく子じゃないし、それに実は学校では、下手にあだ名とかつけないように指導してるらしい。


最近、『〇〇菌』とかいう呼び方が親しみを込めたものという形で流行ってたりするらしいけど、そう呼ばれて嫌な人もいるということで騒動にもなってたりするから、『自分は親しみを込めてるつもりでもそれは相手にとって必ずしも嬉しいこととは限らない』し、相手の方から『〇〇って呼んで』って言われない限り、勝手にあだ名をつけないようにしてるってことだった。


最初、その話を聞いた時はそこまで気を遣うのもどうなんだろうと思ったりもしたけど、『〇〇菌』騒動のこととかを聞くと、ああ、なるほどとも思わされた。それでいて、本人が『〇〇って呼んで』って言った場合とかは、『それはダメ』とは抑えつけないらしいから、何でもかんでもダメっていう風にしてるわけでもないことも分かった。


だけど沙奈子にとってはむしろそれがありがたかったらしくて、誰のことも苗字にさん付けで呼べばいいだけだから楽だったみたいだ。僕も学校がそういう風にしてくれてたら少しは楽だったかもしれないと思った。変なあだ名をつけることが親愛の情だとか思って押し付けてくるのって、確かにいたもんな。


その一方で、山仁さんの家に集まってる子たちは、ある意味では家族的な近しい集まりだから、変に他人行儀なのもちょっと違うのかもしれない。


そこでカナちゃん、いや波多野さんが提案してくれたみたいにきっかけを作ってくれる人がいれば、沙奈子も名前で呼べるようにもなったりするんだろうな。だけど僕はまだ『カナちゃん』と呼べるほど親しくはないから今はまだ波多野さんの方がしっくりくる。星谷さんのことも『ピカちゃん』とは呼べないし、それに僕から見るとやっぱり『星谷さん』、なんだよな。イメージ的に。ちゃんって感じじゃない気がしてたのだった。


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