二百十四 玲那編 「月経のこと」
大希くんたちが帰った後で、玲那が帰ってきた。どうしても部屋が狭くなるから自分がいなければそれだけマシになるっていうことみたいだけど、そういう形で気を遣ってくれる必要はないのになと正直思った。気を遣ってくれるのは嬉しいけどさ。
玲那用に焼いてあったホットケーキと星谷さんのケーキを食べて、彼女は一息ついたようだった。そしておもむろに僕たちを見て、
「また、デート行ってくる?」
とニヤニヤ笑いながら聞いてきた。すると沙奈子まで、
「デートしてきていいよ」
って。僕と絵里奈は、顔を真っ赤にしながら見合わせてた。
「いいからいいから、沙奈子ちゃんのお許しも出てるんだから行ってらっしゃい!」
と、玲那に追い出されるみたいにして僕たちは外に出た。まさか沙奈子は僕と絵里奈が何をしてるのかなんてそこまで分かってないとは思うけど、とにかく僕と絵里奈だけでデート?することは認められるようになってくれたんだなって分かった。
あの、僕と玲那が結婚すると誤解して『お父さんを取らないで!』と泣いた子が…。僕と絵里奈が二人だけで出掛けてもちゃんと帰ってきてくれる。自分を捨てないでいてくれるって信じてくれてるんだって思うと、すごく胸がいっぱいになる感じがした。
それはもしかすると、皮肉なことだけど、あの児童相談所でのことも影響してるのかもしれない。あんなことがあっても僕たちが変わらずに沙奈子に接してたことで、自分が見捨てられることはないっていうのを実感してくれたのかもしれないとも思った。
あんな嫌な経験でもそれが何かの役に立つこともあるというのは変な気分だ。でも、そういうものかもしれないな。むしろそれを役立てることが大事なんだっていう気もする。それが生きるってことなんじゃないかとも思う。
そんなことも考えつつ、だけど僕たちはまたホテルへ行って求め合ったのだった。
何て言うか、付き合い始めの頃って割とこんな感じなのかな。この調子じゃ早々に赤ちゃんが来てもおかしくなさそうだな。なんて思ってたら、帰り支度を始めた時に絵里奈が、
「生理、始まりました。今回は残念だったってことみたいですね…」
って、本当に残念そうに言った。僕も『あ、そうなんだ』って感じで気が抜けてしまった。正直、沙奈子も赤ちゃんもって覚悟してたから。
だけどいずれはとも思う。僕たちをこうしてデートに送り出してくれる沙奈子なら、赤ちゃんが来てもきっと大丈夫だって気がする。
そんなこんなでとにかく家に戻ろうかと思った時、このまま買い物に行くのも手だなって思った。そこで玲那のスマホに電話して、スーパーまで沙奈子と一緒に来てもらった。買い物をして帰りに四人でラーメン屋に寄ってラーメンを食べて、それで夕食にした。
家に帰ると、絵里奈が生理だということで、今日は玲那に沙奈子と一緒にお風呂に入ってもらった。順番も、絵里奈が最後に入るってことになった。女の人はやっぱり大変だな。この上、赤ちゃんもってなったら、本当に頭が下がる思いだった。いつかは実際にそうなるんだろうけど。
それで考えたら、沙奈子も将来はそうなるのかな。何だかピンとこない。まあ当然か。この子はまだ10歳なんだし。その一方で、あと6年で結婚だってできる年齢になるんだな。そっちはそっちですごいことだな。その前に、沙奈子だってもういつ初潮が来てもおかしくないのか。以前は僕一人だったから、そうなったら山仁さんに相談しなきゃと思ってたのが今では絵里奈も玲那もいるから何も心配要らないな。
なんかもう、いろんなことを考えさせられた。だけど大事なことだと思う。女性の月経は大事なことだ。僕もある程度は知っておかなきゃいけない気がする。気を付けなきゃいけないこととか、その時期の女性の心理的な変化とか。
だけど、絵里奈や玲那ともこの家でけっこう一緒に住んでたのに、ここまでほとんど意識させられてこなかったところを見ると、二人の場合はそんなに大きく普段と変わってしまうわけでもないのかな。すごくイライラしたりして性格まで変わる人もいるとは聞くけど、絵里奈も玲那もそんな感じはあまりしなかった気がするし。個人差があるのも特徴だったっけか。
ずっと一緒に暮らしていくなら、知っておいて損はないんじゃないかな。より正確に気遣うことが出来ると思うし。とは言え、面と向かって聞くのも聞きにくいか。そうじゃない時との微妙な違いを感じ取るところから始めた方がいいかも。
でも、絵里奈は本当にそれほど辛いわけじゃないのか、普段と何も違わない印象がある。ただ、意識してるからかも知れないけど、少し匂いが違う気はした。やっぱり血の匂いのようなものがする気はする。それは当然なのか。
僕がお風呂に入った後、絵里奈がお風呂に入って行った。とりあえず、生理についてはまた別に考えることにしよう。
そんな僕をよそに、沙奈子はいつもの通り僕の膝で莉奈の服作りをしてた。かなり複雑な形をしてて何度見ても僕には何が何だか分からない。
それを見ながら、僕は明日以降のことを考えてた。朝、山仁さんのところに沙奈子を送ってから仕事に行くことになる。朝の7時過ぎに訪ねることになるけど、山仁さんは普段、大希くんやイチコさんを送り出した朝の8時過ぎくらいに寝るそうなので、早い方が逆に助かるということだった。
沙奈子のことだから大丈夫なはずだとは思いつつ、山仁さんにご迷惑をおかけしなければいいなと願わずにはいられなかった。そうして10時過ぎには、四人で寝たのだった。
月曜日の朝。一緒に朝食の用意をしてると絵里奈が、
「ごめんなさい、昨夜、血が漏れて布団を汚してしまいました」
って言ってきた。
「あ、いいよいいよ、気にしなくて。そういうこともあると思ってたし」
そうだよな。生きるっていうのはそういうこともあるっていうことだと思う。みんな、トイレにも行かない、生理現象もない人形やロボットじゃないんだ。そんな些細な失敗に目くじら立てても疲れるだけなんじゃないかな。少なくとも僕は気にしない。何しろ、僕だってお腹を壊しててパンツを汚してしまったことだってある。それを思えば経血くらい。
そうだ、いずれ沙奈子だってそういうこともあるはずだ。その時のために心構えを作っておかなくちゃ。だいたい、沙奈子のおねしょが始まった時に毎日大量に洗濯したりもしたんだ。今さらだよ。
玲那も起きて仕事に行く用意をして、最後に沙奈子が起きてきた。みんなで朝食を食べて準備万端整えた。
今日はみんなでまずは山仁さんの家に向かう。チャイムを押したらまた大希くんが出迎えてくれた。山仁さんに四人で挨拶をして、沙奈子は大希くんと一緒に僕たちを見送ってくれたのだった。




