二千百三十六 SANA編 「少し違うかも」
五月三日。火曜日。晴れ。
今日は憲法記念日。三連休の初日。だから朝から、沙奈子たち六人は三階に集まってる。だけど一真くんは、昼前には両親の食事を用意するためにいったん帰ることになる。歩いてニ十分以上かかる距離を。
「私たちで自転車を買ってあげたらどうでしょう? ホームセンターでなら一万円くらいでありますよね」
絵里奈はそう言ってくれるけど、それに対して玲那が、
「でも、あの両親だとまたパチンコ屋とか乗って行って盗まれるかも。言っちゃなんだけどあのくたびれた自転車を盗まれるってことは、鍵を掛けてなかった可能性もあると思うんだ。じゃなきゃわざわざ盗まないんじゃないかな。ちゃんと鍵を掛ける習慣がないのかも」
と応えて。自転車を盗まれた経験がある彼女の言葉はすごく実感がこもってた。だから僕も、
「確かに……」
言わざるを得なかった。そうだよね。僕も見たことあるけど、一真くんが使ってた自転車は、『欲しくて盗む』って気になるようなものじゃない印象だった。それこそ、鍵が掛けられてなかったのを誰かがたまたま見掛けて、『ちょうどいいやこれに乗って帰ろう』とか考えて乗って行ったんじゃないかなって気がして仕方ない。
盗難届は出したものの、放置自転車が撤去されてその中にあったりしたらっていうくらいでしか見付からなさそうだ。
そう言えば、一真くんの両親が放置自転車を乗りまわしてた件については、盗難届は出てなかったから本当に放置自転車だったんだろうなってことで大目に見てもらえただけで、実際に盗難車だったらそんな簡単には帰れなかったみたいだね。しかもやっぱり『逮捕』じゃなくて『任意同行』だったみたいで。盗難車だったらそこで窃盗の疑いで逮捕されてたのかもしれない。
「僕の自転車、貸そうか?」
ビデオ通話の画面の中で大希くんがそう言ったけど、
「いや、いい。あいつらに見付かったら何されるか分からないし……」
一真くんはそう言って断ってた。大希くんとしては、『自分の祖父が七人の人の命を奪ったのなら、その百倍の人を助けたい』という人生の目標ができたから力になりたかったんだろうけど、確かにそれは少し違うかもと僕も思ってしまった。一真くんと琴美ちゃんを気にかけてくれてるのはその一環ではあっても、大希くんの自転車は高価な電動アシスト自転車だ。それでもしものことがあったら、一真くんはそれこそいたたまれなくなるだろうな。
『力になる』っていうのは、目先のことだけを考えてたら駄目なんだって、実感させられる。




