二百十 玲那編 「クリスマスパーティー」
ピザが届き、それをコタツの上に広げて、普段はあまり飲まないソフトドリンクも出して、ツリーの飾りつけも終えて、いよいよパーティーの準備が整った。本当にささやかなものだけど、沙奈子の目はすごくキラキラして見えた。
絵里奈が玲那に電話をして呼び戻して四人揃ったところでパーティーが始まった。サンタを形どったお菓子が乗った、もういかにもなクリスマスケーキに見惚れてた沙奈子へのクリスマスプレゼントは、水族館に行った時のそれよりもまた少し大きなイルカのぬいぐるみだった。僕たち三人からのプレゼントということだった。玲那が仕事帰りに買って、袋のまま押入れに隠してたものだ。
「わー!」
そう声を上げて、彼女はイルカのぬいぐるみを受け取った後、ぎゅーっとそれを抱き締めた。
「ありがとう!」
決してすごいプレゼントじゃないのに本当に嬉しそうに僕たちに向かってお礼を言ってくれる沙奈子の笑顔を見て、また込み上げてきてしまった。
あの子がこんなに…。
そんな風に思ってしまうともう駄目だった。玲那も目を潤ませて、絵里奈なんか完全にポロポロと涙をこぼしてた。
これほど喜んでくれるなんて、もしかしたら沙奈子にとっては生まれて初めてくらいのプレゼントなのかもしれない。あの兄のことを思い浮かべれば、クリスマスプレゼントなんてしてくれたとは思えなかったから…。
来年には大希くんたちのパーティーにお呼ばれしてもいいかもしれない。でも今年のは、僕たちが家族になった初めての記念すべきクリスマスパーティーなんだ。と思ってたら、玲那からはイルカのぬいぐるみとは別にプレゼントがあった。
「じゃ~ん、手作りネームプレートだよ~」
と言って玲那が差し出したものは、イルカの形をした木製のボードに、いたる、えりな、れいな、さなこ、って木でできたひらがなを貼り付けた、家族のネームプレートだった。玲那がホームセンターで材料を買って自分で作ったということだった。
イルカのぬいぐるみを脇に抱えてそれを受け取った沙奈子が、食い入るように見てた。まっすぐにそれを見つめる視線が、僕の名前と、絵里奈の名前と、玲那の名前と、自分の名前を追ってるのが分かった。そして顔を上げて玲那を見た彼女が、
「…私の家族のなんだね…!」
って…。これで完全に追い打ちを掛けられてしまった。『私の家族の』って言葉が突き刺さった。泣いてばっかりじゃ駄目だと思ってたのに、こんなの無理だろ…。
涙が抑えられなくて、どうすることもできなかった。絵里奈なんてボロボロに泣いてしまってそれこそひどい有様だった。玲那も泣いてた。
パーティーだか何なんだかよく分からない状態で、僕たちはただもう涙を流してた。しばらくしてようやく落ち着いてピザを食べて、それから絵里奈がケーキを切り分けてくれた。
「今年は特にクリスマスらしい感じでと思ったからお店のにしたけど、来年は私が手作りしてあげる。沙奈子ちゃんも手伝ってくれる?」
ケーキを手渡しながら絵里奈が聞くと、沙奈子も「うん!」と大きく頷いた。その様子がまた嬉しそうで…。
クリスマスなんてどうでもいい、面倒臭い、クリスチャンでもないのに何やってるんだろう、くだらない。
何てことを、以前の僕は考えてた。だけどこの子の笑顔を見てたら、クリスマスとか何とかそういうの自体がただの建前なんだなっていうのがすごく分かった気がした。誰かの喜ぶ姿が見たいから何かと理由をつけてお祝いしたいんだって素直に思えた。それでいいんだって。
そんな、僕にとっても生まれて初めてかもしれない、本当に幸せなパーティーをできたことに、また胸がいっぱいのになるのを感じてたのだった。
ピザもケーキも食べつくして、そろそろお開きにしようってことになって、四人で片付けを始めた。とその時、ピザの箱を捨てようと何気なく手を出したら絵里奈も同じことを考えてたらしくて、不意に手が触れてしまった。完全に油断してる状態の時にそれだったから、触れたところから何だか電気みたいなのが走った気がした。あっと思って手を引き寄せながら顔を上げると、絵里奈も同じように顔を上げて僕を見てた。
どきん、と胸が鳴って、顔が熱くなるのを感じた。その状態で固まってしまって絵里奈と見つめ合ってしまってた。絵里奈も顔が真っ赤だった。この時、時間にしたら一瞬のことだとは思うけど、完全に他のことは僕の頭から消えてしまってた気がする。絵里奈のことで頭がいっぱいになってたって感じで…。
でもその次の瞬間、何かの気配を感じてハッとなって横を向くと、沙奈子と玲那が僕たちを見てた。すると玲那が、ニヤァって感じで笑った。
コタツの上の片付けが終わった後、絵里奈はケーキのお皿やフォークとかを洗ってて、だけど沙奈子と玲那は何かひそひそと話してた。時々、ゴミをまとめてた僕の方をちらちらと見てまたひそひそと話をしてる。しかも、気のせいかもしれないけど、二人して何かを企んでるような悪い笑顔を浮かべてるようにも見えた。
何だろう…?。
何とも居心地の悪い雰囲気に、僕はざわざわとするものを感じた。そしてそんな僕に向かって二人が言ったのは、とても意外な言葉だった。
「ねえ、せっかくのクリスマスイブなんだから、お母さんと一緒にデートに行ってきなよ」
言葉を発したのは玲那だったけど、沙奈子も明らかにそれに乗ってるのが表情で分かった。
「え…!?」
僕と絵里奈は思わず声を合わせてしまってた。
デ、デート…!?。僕と絵里奈で…!?。
いや、まあ、確かに僕と絵里奈は正式な夫婦なんだから、デートするくらいは誰はばかることもないとは思うんだけど、でも、だからって、ねえ…。
絵里奈は顔を真っ赤にして、僕もすごく顔が熱くなってて、きっと傍から見たら『何だこのバカップル』って感じだって気はする。これだけ分かりやすく好き合ってて何を今さら照れてんだって言われるかも知れない。だけど僕はこういうのに慣れてなくてそれで…。
そんな風に焦る僕たちに、沙奈子と玲那の笑顔は、すごく嬉しそうなそれに見えた。
「大丈夫、私と沙奈子ちゃんで留守番してるから、行ってきてよ。沙奈子ちゃんも、夜に二人だけだと少し寂しいけど、昼の間だったら平気だって言ってくれてるしさ」
玲那の言葉に、沙奈子も何度も頷いてた。それで結局、僕と絵里奈はデートすることになってしまった。
「急にデートって言われても、どうすればいいのかな…」
部屋を出て絵里奈と二人で歩き出した僕だったけど、何しろそういう経験が全くないどころか自分がこんなことをするなんてほとんど考えたこともなかったから、正直、途方に暮れていた。
これまでも、いいなと思える女性がいた時なんかには何となく想像しなかったわけじゃなくても、それはぜんぜん具体的なものじゃなかった。本当にただ何となくぼんやりとした曖昧なものでしかなかった。
そんな僕に向かって、絵里奈が言ったのだった。
「私、行きたいところがあるんです」




