二千二十六 役童編 「私のケーキ屋でこき使って」
一月十三日。木曜日。晴れ。
昨日の大希くんの件は、
「僕だけ何もやりたいことが見付からなくて、何をしたらいいのか考えてたら、僕なんかいなくてもいいんじゃないかって気になってきて……」
ということだったそうだ。だから、
『このままどこかにいなくなってしまおう』
って考えて、当てもなく歩き回ってて。でも歩いてるうちに思い直して家に帰ろうと考えたそうで。
そして今日は、千早ちゃんじゃなく、山仁さんと一緒に家を出て、学校まで送ってもらって……。
「大希くん、どうしたんでしょう……?」
ウォール・リビング内で玲緒奈が遊んでる中で仕事をしながら、絵里奈が口にする。
「そうだね。あんなに沙奈子たちと楽しそうにしてたと思ったのに……」
僕もそう応えながらも、でも、『僕だけ何もやりたいことが見付からなくて』という言葉には、僕自身、心当たりがあった。僕も、『何もやりたいことがなかった』から。
ううん、『こんな家から早く出たい』っていうのが『やりたいこと』だと言えるなら、それがやりたいことだったのかもしれない。けれど、それ以外には具体的にやりたいこともなりたいものもなかったんだ。だから実際に家から出られたら、それこそ何もやりたいことがなくなってしまって、呆然となった。正直、
『このまま消えてなくなれたら楽になれるのに……』
とも思ってた。もしかするとあの時の僕と同じ心理状態なのかもしれない。
確かに大希くんは間違いなく山仁さんに愛されてて、僕みたいに『早くこんな家から出て行きたい』って思いもないんだろうなって思う。しかも彼の場合は、星谷さんという、実の父親の山仁さんに勝るとも劣らない大変な愛情を抱いてくれてる人もいる。
それでも、沙奈子も千早ちゃんもすごく具体的に『やりたいこと』があって、結人くんにもおぼろげながらそれが見付かりそうになってて、なのに大希くんだけはそういうのがなくて。というのがストレスになってる気はするかな。
理屈じゃないんだ。たぶん、具体的な目標みたいなものを自分だけが見付けられてないっていう不安感が、思春期にありがちな不安定さと、あまりよくない意味で噛み合ってしまって、情緒不安定になってしまった可能性はある気がするんだ。
学校が終わって、沙奈子と一緒にうちに帰ってきた時、いつものようにビデオ通話を繋いで、でもインカムで会話だけを聞いてみる。
千早ちゃんは、
「やりたいことがないって、何言ってんだよ!。そんなのなくたって私のケーキ屋でこき使ってやるから心配すんな!」
って言ってくれてたけど、正直、
『それじゃダメかもしれない……』
と思ってしまったんだ。
そういうことじゃない。って……。




