千九百八十九 玲緒奈編 「その方の持つごくごく一部分を」
十二月七日。火曜日。雨。
今日も玲緒奈は、絵里奈が見せる『文字カード』を、じっと見てた。実はとうとう、最後の『ん』まで行けるようになったんだけど、このカード、最後の『ん』が少し変わってて、他のカードだと絵が描かれてる側が鏡みたいになってて、
「じぶんの、ん」
ってなってるんだ。だから玲緒奈自身がそのカードに映って、『じぶんの、ん』ってことなんだね。最初にそれを見た時には、
「ぶあーっ!!」
とか叫んで大興奮した玲緒奈も、二回目以降は平然としてて、床に置かれたカードを手に取って、
「る……! む…! ち…! く…!」
みたいに言い出した。しかもちゃんと、る、む、ち、く、の文字のカードだった。ちゃんと文字の形と音が一致し始めてるんだ。
すごい、すごいよ!。玲緒奈♡
『うちの子、天才か!?』
とは、親がよく思うことらしいけど、その気持ちは僕にも分かる気がする。すごく『才能』みたいなものを感じてしまう。ただそれが人より優れていることを表してるかどうかは、まったく分からないんだろうなとは、思うけどね。
すると、その様子をビデオ通話越しに聞いてた星谷さんが言ったんだ。
「今、『学歴フィルター』なるものが話題になっているそうですが、私としては『学歴フィルター』と称されるような仕組みがあるのは極めて自然であると感じています。何しろ、高い学歴を得た方は、当然、それだけの努力をなさって、それを得られるだけの能力を獲得しているわけですから、企業側が採用する際に『見込める能力の最低基準』をそこに見出すのは、単純に『合理性の問題』のはずなのです。なにしろ企業側としては、応募してきた方々のことを何も知りません。その方がどのような人物でありどのような能力を持ち、企業が求める適性を有しているのか否か、まったく知りえないのですから。
となれば、『可能性』という形で選ぶしかないのです。ペーパーテストやわずかな時間の面接でその方の何が分かるというのですか?。その方の持つごくごく一部分を見ることしかできません。面接に至っては、それこそ『嘘が上手』な方であれば面接官を欺くことだってできてしまいますよね?。事実、採用されてから様々な問題が発覚して対応に苦慮するという事例が存在します、ましてや一度採用してしまうと簡単には解雇できない。となれば、『企業側が求めている人材がいる可能性が高い範囲に絞って選別したい』と考えるのは普通のことではありませんか。私でもそうします。ゆえに、縁故採用やヘッドハンティングという形以外での採用枠には、学歴フィルターなるものは、むしろないとおかしいはずなんです」




