千九百十八 玲緒奈編 「自分の好みこそが世間の」
九月二十七日。月曜日。晴れ。
来週、沙奈子たちが修学旅行に行く予定だ。今のところは予定通りかな。そのための準備も、すっかり終わってる。小学校の時の修学旅行にも使った大きなリュックに必要なものはほとんど用意した。
絵里奈が。
小学校の時には僕がしたことを、今回は絵里奈がしてくれた。
「母親として、やりたいんです」
と絵里奈が言うから、全部任せた。本人がやりたいと言ってるのにやらせないのも、何か違うよね。
なのでそれはいいとして、玲那がなんだか怒ってる。
「今、話題になってるアニメについてとにかくそれをコキ下ろそうとしてるのがいるんだよ。それがもう『ムキ~ッ!』って感じでさ」
「そ、そうなんだ……」
『SANA』の休憩中に、スマホを通じて僕が着けてる小型のヘッドセットで彼女の『愚痴』を聞く。お風呂の時間まで我慢できなかったみたいだ。
「なんで『自分の価値観』ばっかりがスタンダードだと思うんだろうね?。自分の好みに合わないものが評価されるのがそんなに許せないっての?。自分の好みに合わないものが評価されることが自分の評価を下げることだとでも思ってんの?。どんだけ世間から評価されたいんだよ!?」
一階の奥の三畳間で猛然とスマホを操作してる玲那の姿が思い浮かばれて、苦笑い。だけど、彼女のそういう『憤り』を僕が受け止めることで、彼女がネットで誰かを攻撃することが抑えられてるんだから、十分に意味のあることだと思う。僕は玲那の『親』だからね。自分の子供がどこかの誰かを攻撃しないように『努力』するんだ。その『努力』ができない親もいるらしいけど、僕には関係ない。僕にはそれができるんだからするだけだ。
「私も、あのアニメについては、『すごい好き』ってわけでもないんだよ。あのアニメよりも私にとっては面白いアニメはいくらでもある。でも、だからってあのアニメを貶したいとは思わないよ!。だって私は、私の好きなアニメが世間から評価されなくたって別にそれが私の評価に影響するとか思わないし。私は、パパちゃんや絵里奈や沙奈子ちゃんからちゃんと評価されてるから、平気なんだよ。だから余計に思うんだ。こうやって自分の好みに合わないアニメを貶したいヤツって、結局、自己評価が低くて世間から評価されたいって、自分の好みこそが世間のスタンダードなんだって思いたいだけなんだってさ!」
玲那がどうしてそこまで怒ってるのかは、僕には理解できない。僕はアニメのことはよく分からないし、興味もないから。だけど、自分の好きなことに対して気持ちが高ぶってしまうことについては、ちゃんと理解したいと思う。そして言いたいことがあるなら『親』である僕が耳を傾けたいと思う。そうやって自分の気持ちを受け止めてくれる家族がいることが、玲那の精神を安定させているんだからね。




