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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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十九 沙奈子編 「歓声」

さっさと買い物を済ませてすぐに帰ってくるつもりだったからクーラーを点けっぱなしにしておいたのは、大正解だと思った。30分とかそこらなら、下手にクーラーを切るよりも点けっぱなしにしてく方が消費電力も少ないと聞くし。それでもまず、僕は沙奈子に、


「シャワー、浴びようか?」


と聞いた。帰ってくるまでの間だけでもう汗だくで、気持ち悪い。帽子も買ったものも床に放り出して、すぐに服を脱ぎ始めた。でも気付いたら沙奈子も帽子を放って水色のワンピースをぬいでパンツも脱いで、僕より早くすっぽんぽんになっていた。どうしようかと思ったけど、まあいいや。メンドくさい。このまま一緒にシャワーを浴びちゃえ。


シャワーも水のままで、まず足に掛けてみた。さすがに暑くて水道管まであったまってるのか、びっくりするほどは冷たくなかった。こりゃいいやと思って、頭からざっとかぶった。そしてすぐに今度は沙奈子の足に水を掛けてやった。そうしたら、


「きゃーっ!」


って、初めて沙奈子のそんな声を聞いた。でもそれは嫌がってる悲鳴じゃなかった。足をバタバタさせながらも、彼女は笑っていた。それは本当に、普通の子供が水遊びでキャーキャーと歓声を上げてるのと同じだった。そうだよな。この子だって、本来はどこにでもいる10歳の子供なんだ。大人の顔色をうかがって、他人の反応に怯えて、人の言うことに何でもかんでも従順に従って、痛いとも苦しいとも嫌だとも口にしない、都合の良い人形じゃないんだ。


沙奈子の頭からシャワーを掛けてあげながら、声を上げてはしゃぐ彼女を見て、僕は少し胸が詰まるような気持ちになっていた。沙奈子が普通の子供らしい様子を見せる度になる気持ちだった。どうしてこの子が辛い目に遭わなきゃいけなかったんだろう?。どうして彼女の周りにいた大人達は、守ってあげようと思わなかったんだろう?。そう思うと腹が立つのと同時に、今はこうやって僕の前で歓声を上げられるようになったことを、素直に喜んであげたいと思った。


思わず零れた涙をごまかすために、僕もまた頭からシャワーを浴びた。


そうして、汗を流すというよりただの水遊びになってしまったひとときを終えて、体を拭いて、僕と沙奈子は風呂場から出た。でも、さすがにちょっとやり過ぎた。見たら沙奈子の唇が紫色になっていた。いくら楽しかったからって、これは駄目だよな。クーラーの効いた部屋じゃ少し寒くて、慌てて服を着た。


それでやっと落ち着いたら、今までのドタバタが急に可笑しく思えてきて、今度は二人して笑った。沙奈子もキャラキャラと声を上げて笑った。この子、こんな風に笑うんだと改めて思った。


夕食はそうめんにした。サラッと食べたい気分だった。一応、沙奈子の好きなプチトマトと煮干しも出したら、綺麗に平らげてくれた。二人で4人前分くらい食べた。


夕食の後で、今日買ってきたドリルをやってみた。1年生の算数だった。さすがに一ケタの足し算引き算は問題なくできた。調子に乗ってそのまま全部やってみた。ちょっとした思い違いでミスしたところはあったけど、1年生レベルの算数は問題ないことが確認できた。明日は1年生の国語をやってみようと思う。


その後、お風呂に入った。沙奈子に先に入ってもらおうとしたら、彼女が僕をじっと見た。まさか…?。


「一緒に入りたい?」


と聞いたら大きく頷いた。いいのかな~と思ったけど、まあいいか。本人の希望だし。


さすがに今度は大人しく普通に入った。でもそれで気付いたけど、沙奈子は、頭は割と丁寧に洗ってたものの、体は本当に適当だった。脇の下とか足の指の間とか、全然洗えていない。だから洗い方を教えてあげた。


お風呂から上がって着替える時、いよいよ紙おむつの出番が来た。


「じゃあ、今夜からはこれでね」


沙奈子は別に嫌がるでもなく、普通にパンツを穿くようにそれを穿いた。これで上から部屋着を着たら、見た目には分からない。


その後は、二人でのんびりとテレビを視た。今まで騒々しいばかりのバラエティー番組とかは好きじゃなかったけど、沙奈子と一緒に視てるとなぜか平気だった。以前は、テレビの中でくだらないことをしてゲラゲラと笑ってる人達がわざとらしくて気に障る感じがあったのが、そんなに気にならなくなっていた。


たぶん、僕は楽しそうにしてる人を見るのが不快だったんだと思う。自分はこんななのに、どうしてこの人達はこんなどうでもいいことで笑ってられるんだろうと思ってたのかもしれない。でもそれは、結局はただのヒガミなんだよな。自分に無いものを持ってる人達のことが羨ましくて、妬んでたんだと思う。だけど、今日、風呂場で沙奈子と水遊びをしてふざけてた僕は間違いなく、テレビの中でふざけてる人達と同じだった。


沙奈子が来る以前の僕が見たら、バラエティー番組に眉をひそめる時と同じ反応をした気がする。けれど、くだらなくて意味はないかも知れないけど、そのくだらなくて意味のないことで笑えるというのは、実はすごいことなんだって今は感じる。それに、意味がないなんてことはない。あれは確かに楽しかった。楽しくて、嬉しくて、心地良かった。もうそれ自体が意味なんだって思えた。今まで知らなかった沙奈子の一面も見られた。それだけで意味も価値もある。素直にそう思えた。


何気なく沙奈子の方を見ると、それに気付いて沙奈子も僕を見た。目が合って、僕の顔は勝手に笑顔になった。すると沙奈子も笑顔になった。こんな何気ない事がこんなほっとした気持ちにさせてくれるなんて、僕も知らなかった。すると僕はほとんど無意識のうちに、


「僕のおひざ、来る?」


って聞いていた。そうしたら沙奈子は嬉しそうに、


「うん」


と応えた。


今までみたいに頷くだけじゃなくて、確かに声に出して「うん」と言った。そしてすぐに、僕の膝の上に座ってきた。そこに緊張とか遠慮とかは、感じられなかった。僕に体重を預けて、安心しきってるのが分かった。彼女は意外と重くて、そして温かかった。生きてるんだって思った。これが、生きてる人間の重さと温かさなんだって思った。アニメとかで時々見る、いかにもなほんわかシーンみたいだって感じもあった。


だけど、しばらくそうしていると、自分が何となくイメージしていたものと現実との違いを実感することになった。


腰が…痛い。しかも、ちょうど僕の口の辺りに来てる沙奈子の髪の毛が思った以上に気になる。自分も後ろに体重を預けられたらもうちょっと楽になれるかもしれないけど、そういうのなしだと、結構ツラい。明日にでも座椅子を買ってこようと思った。確か大型スーパーにも売ってたはずだ。


10時くらいになって沙奈子がアクビをし始めたから、


「もう寝るか?」


って聞いた。頷く様子も眠そうだった。僕は同時に、『助かった』とも思った。腰がそろそろ限界だったから。


布団は、一組だけ敷いた。おねしょの件で一度だけ試しに別々に寝た以外はずっと一緒に寝てたし。


それにしても、今日もいろいろ疲れた。そのせいか、沙奈子はいつもの様に僕の腕にくっついて横になった途端、寝息を立て始めた。そして僕も、その様子を見てる暇もなく、眠りに落ちていたのだった。


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